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新元号「令和」 明治天皇「五箇条の御誓文」と重なる願い

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 新元号「令和」の出典について早速、『万葉集』の漢文が依拠したのは中国・後漢時代の政治家、張衡の詩「帰田賦」(『文選』巻15)であるとの指摘がなされている。「仲春令月、時和し気清らかなり」という部分があるという。

 大伴旅人(おおとものたびと)とも、山上憶良(やまのうえのおくら)ともされる『万葉集』巻五「梅花の歌」序文の作者は当然、『文選』は読んでいただろう。それを踏まえた表現が、文人としての嗜(たしな)みともされたに違いない。

 結果として「令和」は、日本の古典にも中国の古典にも典拠があるということになるが、むしろ結構なことではないか。漢籍と国書を対立的に論じることは建設的ではなく、国書は当然、漢籍の影響を受けている。私は両方を出典とすることが最善と指摘してきた。

 重要なのは、新元号の出典が『万葉集』の漢文であることであり、その全体の趣旨だ。「令」と「和」がどの文献で使われているかということは些末な問題でしかない。

 『万葉集』の序文がいう「風和ぎ」とは、春の訪れによるものばかりではない。当時の東アジア情勢の変化により、国土防衛のための防人(さきもり)を一部停止できるほど隣国との緊張が緩和された。現在の状況とも重なることを踏まえ、そのような平和な時代が到来し、文化の花咲く時代にしたいとの意味が込められているのではないかと前回述べた。

 安倍晋三首相が「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように」と談話で述べたのは、そのような意味ではないか。

 同様に『万葉集』の序文に、梅の花を愛でる宴会の様子として、「淡然と自(みずか)ら放(ほしきまま)にし、快然と自ら足る」とする部分があることにも注目したい。「心静かに自らの心のままに振る舞い、それぞれの心が満ち足りている」という意味だ。

 安倍首相は先の談話の続きとして、「一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め(た)」と述べている。

 明治維新に当たって、明治天皇が天神地祇に誓われた「五箇条の御誓文」に、「官武一途庶民ニ至ル迄(まで)各(おのおの)其(その)志ヲ遂ゲ 人心ヲシテ倦(う)マサラシメン事ヲ要ス」とある。

 誰もが自分の思いを遂げ、生きていることが嫌になるようなことがないようにしなければならないとの意味だ。

 明治天皇は、新時代に向けてこれを自らの指針とされ、政府はこれを国是とした。これらのことが彷彿される。そんな思いも新元号には込められているように思う。

 ■八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 1962年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士後期課程退学。専攻は憲法学、思想史。第2回正論新風賞受賞。高崎経済大学教授などを経て現在、麗澤大学教授。教育再生実行会議委員、フジテレビジョン番組審議委員、日本教育再生機構理事長など。法制審議会民法(相続関係)部会委員も務めた。著書に『憲法改正がなぜ必要か』(PHPパブリッシング)、『公教育再生』(PHP研究所)など多数。

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