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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】金属バット時代で初! 工藤公康のノーヒットノーラン 「カーブが笑った!バットが泣いた!」 (1/2ページ)

 バックネット裏の階段をくだりながらグラウンドが間近になって、ふと視線を向けるとワインドアップした左投手の腕がビュンと振れた。

 指先を離れたボールはクルクルクルクル高速回転して浮き上がり、高さ2メートルほどの頂点から一気に舞い落ちる。

 両こぶしに握り込んだバットに力を込め待ち構える打者は、急降下するボールをつかまえようとムキになって打ちに行く。だが「ブルン」と空を切る。顎が上がってヘルメットが浮く。絵にかいたようなヘッドアップだった。

 バランスを崩しながら踏ん張ったスパイクの足元で砂塵(さじん)が舞う。上向きのミットに白球が収まりそれを確認したアンパイアの右手が三振をコールした。

 「カーブが笑った! バットが泣いた!」

 そんなコメントが耳の奥で木霊(こだま)した。青空にモクモクと沸く入道雲を背景にマウンド上でベビーフェースにえくぼが輝いた。昭和56(1981)年8月13日、甲子園球場、名古屋電気(愛知・愛工大名電)の小柄なサウスポー工藤公康(現ソフトバンク監督)が投じた1球だった。

 「なんと美しい軌道だろう。カーブだ! ドロップに近い縦割れだ! “meiden”そうか工藤だ! これが評判の決め球だ!」

 NHK入社2年目で初の甲子園出張。命じられたこの試合とは別の仕事に向かう途中、たまたま見かけたこの1球に心を鷲掴(わしづか)みにされた。“未知のカーブが織りなす世界”だった。

 その軌道は急斜面を上って下るジェットコースターをイメージさせた。ダイナミックであり、爽快でスリルすら感じる。

 「見たい! もう1球、もう1球見せてくれ!」と“私の野球好奇心”が催促する。リクエストに応えてくれるかのように「ストン空振り! ストン空振り! ストン空振り!」の連続だ。

 工藤が左手に握って腕を振るとボールに意思が伝わり、まるで生き物のように元気に空中に飛び出しバットを避けてキャッチャーミットに着地する。

 「こんなに落差があったら打てないよなぁ」と驚嘆し、「凄げぇなあ。投げ損なわないもんなぁ」と感心し、「あらまぁまた当たらない。きっと初体験だよね」と相手には同情し、果ては「何だか野球漫画の魔球みたいだなぁ」と子供みたいに飛躍してしまうほど夢うつつ、圧倒されていた。

 2回途中から立ち止まって見始めて5回のグラウンド整備のブレークでようやくわれに返ると、そばを通る人たちが『ここまでノーヒットだってさ。今の流れだと行っちゃうかもよ』『いやいや。まだ5回だよ。木製バットの時代じゃないし無理でしょ。金属になってから誰もやってないんだって』。

 「へぇー、そうなのか。そうなんだ」。これを聞いてこの場にくぎ付けとなった。「この後仕事があるけど、せめてヒットが出るまでは居たいよな。いや、いなきゃだめだよな。これぞ甲子園の大舞台の大記録を目の前におめおめと引き下がれないよな」と自分の考えを正当化していた。

 正解だった。工藤投手の安定感はゆるぎない。6回、7回ルーティーンのようにアウトを重ねた。後半になっても三振を奪うペースは落ちない。もちろんお目当てのカーブは冴(さ)えわたっているが速球の切れ味も一級品だ。しかも2つの球種の腕の振りは同じようだ。このコンビネーションがあるから“長崎西が成す術無し”に映るのか。「このままでは永遠に打てないな」と感じると大記録達成が現実味を帯びて来て一段と胸が高鳴った。

 8回に入った。スタンドでは期待が膨らむ一方でネガティブな声も上がる。『そろそろコースが甘くならんかいかな』『欲が出るのとちがう』

 高校生だから心の動揺や疲労による変化は出やすい。それまでとは別人になることはよくある。しかし、終盤も工藤投手はどっしりと下半身を使い速くしなやかに左腕を振り下ろし続ける。“フワッ”と上がって“シュルシュルシュルッ”と滑り降りる。

 得意球のラインは寸分たがわぬ正確さ。『おいおいおい行っちゃうよ』『タフよねぇこの子』そんなささやき、つぶやきの輪が場内を全体を包みヒートアップする。

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