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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】高校時代に見た“曲者”元木大介の才能 一挙手一投足に「意図」があるよう…1塁へ走らず大目玉も!? (1/2ページ)

 高校野球も時代が切り替わる。センバツは平成から令和へ。その前の昭和から平成への転換期を思い起こすと私の頭に真っ先に姿を現す選手がいる。「元木大介」(現巨人ヘッドコーチ)だ。

 昭和最後の春、大阪・上宮の2年生の4番打者で初お目見えして以来、甲子園という舞台で恵まれた素質を開花させ、最終学年の平成最初の夏には、押し寄せるファンの混乱を避けるために、開会式の後は姿を隠さなければならないほどの“渦中の人”となっていた。「モッくん!キャーッ!」の大フィーバーだ。

 個性の際立ち方が尋常ではなかった。人気・実力共に超高校級だった。まず、ビジュアル的に秀でていた。長身で均整がとれたボディー、特にマスクが良い。“美男子”“イケメン”“アイドル”“スター”…評し方は色々あるが、眉がくっきり太く、目はパッチリ、鼻筋は通り、唇の形も整っている。

 その上、「珠の肌」とでもいうのだろうか白く艶やかだった。そう、時代劇の役者のような“二枚目”“色男”。高校生にしては珍しく色気を漂わす特異な存在だった。

 そしてプレーは味わい深く濃厚だ。当然私の視線は彼に張り付いた。元木の一挙手一投足には意図があるように見えた。

 昭和63(19889)年センバツで全国デビュー、まだ注目度はそれほど高くはなかったが、第1号を放ち、甲子園のスターダムにのし上がって行く。実はこれが高校の公式戦初ホームランだ。

 この結果で自信を手にしたそうだ。私も鮮烈に記憶している。左投手の外角から少し中に入って来る速球を1、2、3のタイミングでスタンドまで運んだ。どう見ても狙い撃ちだった。

 直後、確信をもって歩きながら右手を突き上げ、その後ゆっくり走り始めた。“思い切りよく振ったらいい所に飛んで全力で走っていたらホームランになったので自然にガッツポーズが出た”という典型的な高校生のリアクションとは趣の違う大人、玄人の匂いを発散させていた。

 さらに元木は3年春、夏と合わせて3回の甲子園で6本のホームランを放っている。清原和博(13本)に次ぐ歴代2位タイだ。内容も深い。出場3大会全てで打ち、1試合2本が2度、2打席連続もある。方向は、レフト4、センターとライト各1。

 レフトへは完全にフェンスオーバーを意識した打ち方だ。スッと自然体で構え、タイミングを合わせて上げた左足で力強く踏み込み、軸足に置いた重心を移動させながら素早く捻転する。バットが先にくるりと旋回し、その後に右足が投手方向に蹴りだされる。

 センターへの1本は、真ん中やや外よりを捉えた。打球にスピードがあり、バックスクリーンに突き刺さった。ライトへは、アウトコース高め、一、二塁間のライナーがそのまま飛び込んだ。共にフィニッシュは打球方向を向いていた。芯でとらえる技術と強振せずとも飛ぶ天性のパワーを感じた。

 ケース・バイ・ケース、相手の力を見極め、まるで投球のコースがあらかじめ分かっているかのように打席に立つ。自分のパワーも知っている。敵から見たら“なんて嫌な奴”だ。

 守りでもきめ細かい。良く声を掛ける。野手に、投手に、主将だから当たり前だが、良く観察していると目立つのは、他の野手がゴロを捌(さば)いてポジションに戻るときとか、投手がアウトを取った後だ。そのプレーに気付きがあれば直後に反省点を伝えていたという。ミスを未然に防ぎ実践の中でアドバイスするコーチの役割も果たしていた。

 敵から見たら“気になる奴”だ。自身のショートのプレーではこんなシーンが…

 (実況)「打ちました。ショート右へのゴロ、元木サイドステップ捕って、アッと、いや、ン、いや、1塁へ送球、速い球でアウト、ワンアウト。ちょっと間がありましたが、どうしましたかね元木は、ボールでも握り直しましたかね?」

 (解説)「いいえ、今、ファーストが1塁ベースに戻るのが少し遅れたんですね。元木君が良く見ていて待ったんですよ。捕球から送球まで一連の身体の流れがありますから、途中で止めるのはリズムが崩れて悪送球になったりするんですけど流石(さすが)ですね。とにかくよく見えてますね。」

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