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優勝しかない! 大阪でのノムさんとの思い出と熱いファンの“阪神色”を体験

 「何やお前、左遷されたんか」。小欄が東京から大阪に転勤になった1999年初頭、阪神監督に就任した野村克也さんの所に挨拶に行くと、第一声がこれだった。

 「ノムさんが来たから僕も来たんですよ。東京時代の記者がいないと寂しいでしょ?」

 ニヤッと笑った。評論家、ヤクルト時代からの古い付き合い。時折大阪・出入橋にある和菓子店「きんつば屋」のきんつばを持参して甲子園を訪ねた。すると「ワシを糖尿病にする気か」といいながらも、いつもおいしそうに食べてくれた。

 阪神3年間、最下位脱出はならず退団。でも2年後の2003年に優勝した星野監督が「ノムさんが土台を作ってくれたからや」。そんなコメントにニヤッと相好を崩した顔を覚えている。

 野村さんの訃報を取材先の宮崎で知った。名将がまた一人逝ったが、多くの指導者を育てた。西武・辻、楽天・三木、日本ハム・栗山、ヤクルト・高津、阪神・矢野、中日・与田、侍JAPAN・稲葉と7人の“現役監督”が教え子である。中でも同じ捕手出身の矢野を指導者として期待していた。

 帰京途中、大阪に寄った。偶然に入ったJR西宮駅近くのお好み焼き店『かめかめ』は矢野阪神で盛り上がり“阪神色”を体験した。アルバイト女子、詩奈(うたな)ちゃんが切り出した。

 「私、今年成人式だったんです。会場の甲子園球場では矢野監督のメッセージビデオが流されて感激…。今年は気合を入れて応援します」

 店内には阪神選手のサイン色紙が所狭しと飾ってある。選手御用達らしい。するともう一人の店員女子、亜里沙ちゃんも参戦。初対面のお客さん“メガネ男子”サラリーマン井上さん、金沢さんも加わり、熱いタイガース談義で時間は過ぎた。

 昨季、前年最下位チームを3位に浮上させた2年目の矢野監督への期待度は全員、「ノムさんが推す弟子やから優勝しかないでぇ」。根拠なき? ポジティブ思考に苦笑したが、見知らぬ人とあっという間に打ち解ける阪神ファンのコミュニケーション能力に感嘆した。

 とかくチームの和を欠くと聞く阪神だが、虎ファンのごとく即“一体化する団結心”があれば、もしかして…。大阪下車旅の戯言でした。(産経新聞特別記者・清水満)

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