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あいまいな「地震予知」がもたらす悲劇 イタリアで地震予知失敗の裁判 (1/2ページ)

 2009年春、イタリアで地震予知に失敗した学者の裁判は、イタリアの最高裁でひっそりと終わっていた。昨年11月20日のことだ。最高裁は日本と同じく、法律や手続き上の間違いがなければ第二審を認めてしまうのが普通だからである。

 14年11月の二審では、12年10月の初級審の7人全員の有罪がひっくり返されて、学者は無罪、政府の防災庁幹部1人だけが執行猶予付きの禁錮刑になっていた。これが最高裁で確定していたのだ。

 イタリア中部ラクイラ。ここはふだんから月に数回の地震がある。大地震の前の半年間はさらに活発になった。大地震が来るという独自の地震予想を出す学者も現れた。地元の人々のなかに不安が広がっていた。

 このため「国家市民保護局」は学者を含む「大災害委員会」を開き「大地震は来ない」という安全宣言を出した。じつは政府が人心を鎮めようという方針を委員会の前に決めていた。政府が学者に期待したのは科学者のお墨付きだけだったのである。

 安全宣言が出されたので外に寝ていた人たちも家に帰った。しかし一週間後の4月6日午前3時半、マグニチュード(M)6・3の大地震が起きて309人が死亡してしまった。

 第二審での判決言い渡しのとき傍聴席にいた犠牲者の遺族らから「恥を知れ」との怒りの声が上がった。また、遺族らは「国家は裁かず、自らの保身に走った」「犠牲者は今回の判決で再び殺された」などと語った。

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