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米国の被害から学べなかった日本 大規模な視察団を派遣も (1/2ページ)

 いまからちょうど27年前の1989年10月17日、米国サンフランシスコを大きな地震が襲った。ロマ・プリータ地震である。マグニチュード(M)は7・1。都市直下型で、死者63人。湾をまたぐ橋が破損するなど、大きな被害が出た。

 米国での地震被害としては1906年のサンフランシスコ大地震(M7・8)以来のものだった。1906年の地震では約3000人が死亡し、発生した火災が3日間燃え続けたこともあって22万人以上が家を失った。

 1989年の地震で破損したのはサンフランシスコと対岸にあるオークランドを結ぶ橋ベイブリッジの一部だ。瀬戸大橋が開通するまでは世界一長い吊り橋で、高速道路が通過し、一日に270000台の通行量がある。

 東京のレインボーブリッジのように、橋が上下に重なっている。上層の高架が崩壊して下層を走行していた自動車を押し潰し、上層を走行していた自動車も高架道路から投げ出された。下敷きになった高速道路だけでも41人の死者と多くの負傷者を出してしまった。

 この4年あまり後の1994年1月に今度はカリフォルニア州のもうひとつの大都市、ロサンゼルスを地震が襲った。ノースリッジ地震である。

 Mは6・7だったが、米国史上最も経済的損害が大きい地震になった。これはサンタモニカ高速道路とアンテロープバレー高速道路の2つの高速道路があちこちで崩壊したせいだ。高速道路の崩壊は震源から42キロのところまで及んでいた。

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