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「こども保険」は保険ではない 合理的な負担水準算定は困難、「教育国債」は未来への投資だ (1/2ページ)

 教育無償化の財源をめぐっては、「こども保険」と「教育国債」という案がそれぞれ提言されている。その特徴と違いをあらためて考えてみたい。

 「こども保険」については、すでに本コラムで明らかにしたように、保険原理からは逸脱していて、保険とは言いがたいものだ。現行制度でも「子ども・子育て拠出金」があり、厚生年金保険料と同時に徴収されているが、これは保険料と名乗っていない。保険ではないからだ。

 いずれにせよ、このようにハッキリしない拠出金が、国民がよくわからないうちに「税金」のように巻き上げられるから、社会保険に対する信頼が醸成されないのだ。

 自民党内で提言されているこども保険も、保険料とも税ともいえないようなヌエ的な性格のものになるかもしれない。ただし、実態としては「追加的な税」である。

 自民党の「2020年以降の経済財政構想小委員会」の資料によれば、こども保険を負担するのは勤労者と企業で、高所得者や企業に応分の負担を求めるとしている。使途は、子育て支援である。負担者の納得感については「給付と負担の関係が明確な点」としている。また、経済・財政への影響については「保険料率が低い限り、経済への影響は少なく、財政再建目標と整合的」と記されている。

 しかし、保険原理からみると問題がある。筆者が書き直すとすれば、負担に関して「保険原理になじまず、合理的な負担水準の算定は困難」とせざるを得ない。負担者の納得感についても「保険原理になじまず、子育て終了世代からは納得されない」となる。仮に、こども保険を現行制度のように拠出金という形で処理するとしても、負担根拠の明確性を欠くだろう。

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