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日本の半導体は生き残れる 円高で失われた価格競争力、適切な金融政策が必要 (1/2ページ)

 東芝は、半導体事業を「日米韓連合」に売却する方針だという。かつて隆盛を誇った日本の半導体産業は生き残ることができるのだろうか。

 日本の半導体産業は、1990年までは高度成長の波に乗って拡大してきた。ところが、90年代に入ると様変わりする。まさに、日本経済と同じであり、その意味で半導体産業は日本経済の縮図ともいえる。

 こうした栄枯盛衰について、さまざまな解説がなされている。一般的なものは、日本企業は「コスト」や「歩留まり」よりも「高品質」や「極限技術」を徹底的に追求していた-という経営スタイルにその原因を求めている。

 つまり、高品質な製品を要求するメーンフレーム(大型汎用機)の市場拡大とともにシェアを伸ばしたが、コストを重視するパソコン市場の拡大によりシェアが低下した。これに対し、韓国、台湾企業はコスト目標を最優先で設定し、それを実現するための技術開発を行い歩留まり向上を徹底し、パソコン市場拡大とともに日本を逆転した-というストーリーだ。

 筆者は、なぜこうした戦略を日本企業が取らざるを得なかったに着目している。85年のプラザ合意まで、日本は均衡為替レートと比較して割安な為替設定が強要されていたが、それ以降はかなり難しくなった。その後2、3年で急速な円高となって、国際市場における日本産業の価格競争力が失われたからだ。

 90年以降は、日本の為替レートはほぼ均衡レートだったが、その場合、相対的に金融引き締めになると円高傾向になる。90年以降、日銀はバブル崩壊後の金融引き締めが正しいという官僚制にありがちな「無謬(むびゅう)性」により、相対的な引き締め策を継続した。これが日本国内ではデフレ経済を招き、国際的には円高傾向となった。国際市場で戦う必要のある半導体産業は、さらなる価格競争力を失わせる結果となった。

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