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民主化運動カリスマ・劉暁波氏が死去、習指導部の“火種” 事実上「監獄」で…活動家怒り「謀殺された」 (1/2ページ)

 【北京=西見由章】2010年に獄中でノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏が13日、多臓器不全のため、入院先の中国医科大付属第一病院(遼寧省瀋陽)で死去した。61歳だった。病院によれば、死亡時刻は午後5時35分(日本時間同6時35分)ごろ。劉氏は08年12月に中国共産党一党独裁の廃止などを求めた「08憲章」を起草したため「国家政権転覆扇動罪」に問われ服役。今年6月に末期の肝臓がんと診断され、遼寧省錦州の刑務所から病院に移送され治療を受けていた。

 劉氏と妻の劉霞氏(56)は国外での治療を希望し、ドイツ、米国などが劉氏らの受け入れ姿勢を示していたが、中国当局は病状悪化を理由に移送を拒んだ。中国の民主化運動を象徴する存在だった劉氏が服役中に突然“不治の病”を宣告され、当局の監視下に置かれたまま死去したことで、今年秋に5年に1度の中国共産党大会を控える習近平指導部が国内外の厳しい批判にさらされるのは必至だ。

 劉暁波氏は1955年、吉林省長春生まれ。北京師範大で文学博士号を取得後、米コロンビア大の客員研究員などを歴任した。89年4月、北京・天安門広場付近での学生運動の高まりを受けて帰国した。戒厳部隊が天安門広場を包囲した6月4日未明には、部隊側と交渉にあたって大部分の学生らを無事に撤収させたが、学生運動の黒幕として拘束され「反革命宣伝扇動罪」に問われた。

 2008年12月に劉氏が中心となって起草した「08憲章」は、憲法改正や司法の独立、公職選挙の実施を求めた。劉氏は憲章公表直前に当局に拘束され、09年に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の判決を言い渡された。翌年10月には「中国での基本的人権を求める長期にわたる非暴力の闘い」を授賞理由として獄中でノーベル平和賞を受賞した。

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