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【富坂聰 真・人民日報】汚職事件の人間関係で分かる中国で派閥政治がない理由 政治局委員クラスにもなれば一国一城の主 (1/2ページ)

 今回も先週に続き、中国共産党内で起きる政治的変動をいかに読み解くべきか、について書いていきたいと思う。

 日本で前提になっているのは、「江沢民派」(=江派または上海閥)と共青団派(=団派)、そして習近平が属するとされる「太子党」(幹部子弟のグループ)の三つどもえの権力闘争で、おおよそのことはこの図式で解説されてきた。

 だが、このグループの存在を論理的に証明できる者などいるのだろうか。少なくとも私は聞いたことがない。

 かつて1980年代には「保守派」と「改革派」と呼ばれるグループが共産党上層部にあり--といっても政治的に運命を共にするようなものではなかったと思うが--対立構造で語られたことがあったが、そこには改革開放政策をめぐり、慎重であるべきか否かを巡る意見の対立という明確なテーマが存在していた。しかも、それは共産主義の原則にもかかわる重大なテーマであったのだ。

 現在のような、ただ「地方で上下関係だった」「親しい」「世話になった」といった分け方とは違い理由が明確だ。

 実際、汚職摘発などの手段で地位を追われた共産党の高級幹部の事件を詳細に見れば、その人間関係がよく理解できるのだが、事件はどれ一つ、横に広がることはなく縦に伸びるのである。

 もっと分かりやすい言い方をすれば、失脚した大物を頂点に、それを支えるメンバーが次々に捕まるのである。周永康のケースでは国土資源部から国有の石油系企業、そして四川省に広がり、薄煕来の事件では重慶から大連の企業トップが連座し、決して同じ政治局委員へと飛び火し燃え広がることなどないのだ。

 中国において党内に別の政治勢力を作ることは簡単なことではない。分党工作とみなされれば、万事休すだからである。日本の永田町のように勉強会を立ち上げるといったことは容易ではなく、よって派閥政治など起きようがないのである。

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