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金正恩氏は「シゴキ」と「パシリ」を経験した…謎の軍隊生活秘話 (1/3ページ)

 北朝鮮の独裁者3代の中でも、金正恩党委員長のキャラクターは非常に独特に見える。

 祖父の金日成主席と父・金正日総書記は、独特な国作りをしながらも、東西冷戦の中にあって国際関係においてはバランスを重視した。正日氏は冷戦後、米国を相手に回しての「瀬戸際戦術」に打って出るが、それでも常に対話のチャネルを残していたという点で、バランス志向を保っていた。

 ■身分を秘匿

 それに対して正恩氏は「押しの一手」で、しかも現実的な要求を示さない。かと思えば、秘密主義の強かった父と異なり、国内メディアを通じて様々な情報発信を行う。

 (参考記事:金正恩氏が自分の“ヘンな写真”をせっせと公開するのはナゼなのか

 この違いはまず間違いなく、各自が成長した環境の違いに影響されていると思われる。祖父や父と比べ、正恩氏の経歴は謎が多いが、一部の脱北者の間では日本ではあまり知られていないあるエピソードが語られている。

 自身も脱北者で、北朝鮮中枢の人事情報に精通する北朝鮮戦略情報センター(NKSIS)代表の李潤傑(イ・ユンゴル)氏は、同センターのウェブサイトで「金正恩氏は、下級兵士として軍に極秘入隊していた」とのエピソードを伝えている。

 それによると、2001年にスイス留学を終えて帰国した正恩氏は、翌年10月、金日成総合大学社会科学部に入学した。しかしこの時期、正恩氏は勉強をサボりがちで、バスケ、ビリヤード、卓球、音楽などに没頭していたという。遂には2003年ごろ、大学をやめてしまう。学業に集中できなかったのは、最愛の母である高ヨンヒ氏の病状が悪化したためでもあった。高氏は2004年8月に病死したとされる。

デイリーNKジャパン
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