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【歴史捏造への反撃】韓国で出国禁止措置の奥氏、検察に「起訴してくれ」 慰安婦問題「吉田小説」を追及 (1/2ページ)

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 ジュネーブの国連人権理事会で昨年9月16日、私(藤岡)は2分間の発言時間を与えられ、慰安婦問題について英語でスピーチした。慰安婦を「性奴隷」と呼ぶ国連の動向への批判だった。その一部を紹介する。

 「(慰安婦=性奴隷)を支える中核となった文献は、『奴隷狩り』の実行者だったという吉田清治氏の証言で、著書『私の戦争犯罪』に書かれた。しかし、根拠のないことが立証されている。出版社も吉田氏も著書が小説で、証言といえるものではないと認めた」

 「吉田氏の息子(長男)が告白したところによると、彼の父は、行ったことのない場所の地図を見ながら本を書いたという。吉田氏の息子は『父は歴史を捏造(ねつぞう)した』と語った」

 慰安婦問題のすべての始まりは、1983年に三一書房から出版された吉田氏のこの著書だった。「奴隷狩り」の場面を少しのぞいてみよう。

 《「体格の大きい娘でないと、務まらんぞ」と山田が大声で言うと、隊員たちは笑い声をあげて、端の女工から順番に、顔とからだつきを見つめて、慰安婦向きの娘を選び始めた。若くて大柄な娘に、山田が「前へ出ろ」とどなった》

 吉田氏は、この原稿をいろいろな出版社に持ち込んだ。岩波新書では出版直前まで進んでいたらしい。吉田氏は売れない作家志望の人物で、生活のために「歴史フェイク小説」に手を染めた。バイオレンス小説の書き手なら、この程度の描写はお手のものだろう。

 「全体として何かおかしい」と感じ、出版寸前でボツにした担当編集者は、岩波の危機を救ったことになる。

 他方、ダボハゼのように食いついて、大喜びで記事を書きまくった朝日新聞の記者を、吉田氏は内心、激しく軽蔑していたはずだ。

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