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【高橋洋一 日本の解き方】ロヒンギャの不幸な歴史と関心薄いスーチー氏の責任 民主化政権見定める試金石に (1/2ページ)

 ロヒンギャ問題がようやく日本のマスコミでも報じられるようになってきた。

 これは複雑な歴史を持った問題だ。ロヒンギャはミャンマー(ビルマ)西部のラカイン州に暮らす少数民族で、一般には、アラカン地方が英国に植民地化された1826年に国境が開き、ベンガルから大量に移民として入ってきた人々をいう。宗教はイスラム教が主流である。

 ミャンマーは多民族国家だが、その認定は英国の侵略戦争が始まる1年前の1823年以前から住んでいる民族とされている。このため、その後に入ってきたロヒンギャは認められていないというわけだ。

 それだけでも不幸な歴史であるが、これに宗教対立が輪をかけて、今の悲惨な状況になっている。

 第二次大戦中、日本軍が英軍を破り、ビルマを占領すると、日本側についたラカイン州の仏教徒と、英国側についたロヒンギャの武力衝突が起こり、仏教徒とイスラム教徒の宗教対立となった。

 こうした過去があるために、ミャンマー政府はロヒンギャについて「不法移民したベンガル人であり、ミャンマーの民族としては存在しない」という立場を取っており、ミャンマー軍と武装集団化したロヒンギャの一部が武力衝突した。

 また、周辺国では、ロヒンギャは不法移民と扱われている。筆者は国際法上の難民だと考えるが、残念ながら、アジアにおける難民条約締結国は少なく、ミャンマーと周辺国も同条約を締結していない。そのため、ロヒンギャを難民として受け入れておらず、隣国のバングラデシュは、ミャンマーから逃れてきたロヒンギャを同国に強制送還するというほどだ。

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