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【昭和のことば】『豚小屋』なら流行らなかった? ECが報告、仕事中毒者の日本人が住む「ウサギ小屋」(昭和54年)

 このことばは、欧州共同体(EC)が昭和54(1979)年に出した内部資料『対日経済戦略報告書』のなかにあった。「日本は、西欧人ならばウサギ小屋としか思えないようなところに住む仕事中毒者(ワーカホリック)の国であり、企業の重役たちは、会社が自分を必要としていると思えば休暇をとることをあきらめ(後略)」などと、日本人の粗末な家と働きすぎを描写した。

 この年の主な事件は、「初の国公立大学共通一次試験実施」「第2次石油危機始まる」「大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店で人質事件発生」「第5回先進国首脳会議(東京サミット)開催」「東名高速日本坂トンネルで玉突き衝突事故発生。7人死亡、173台が炎上」「千葉県君津市の神野寺で虎2頭が逃走」「上野動物園のパンダ・ランランが死去」「阿蘇山中岳大爆発、観光客3人死亡」「成田空港でKDD(国際電電)社員による高級ブランド品持ち込みが発覚。KDDの乱脈経理追及へ」「関西電力高浜原発2号機、人為ミスで原子炉運転中止」「国鉄のリニアモーターカー、走行テストで時速504キロを記録」など。

 江川卓投手が巨人軍に入団。第1回東京国際女子マラソン開催。テレビでは「3年B組金八先生」が放送され流行した。

 彼らの言った「ウサギ小屋」とは、日本人の感覚に直せば「豚小屋」といったところだ。当時の建設省は早速反論した。仮に豚小屋だったら流行語にならなかっただろう。おとなしく従順、かれんで目を赤くして働いている自分たち。当の日本人たちは、そんなイメージを持ちながら、「さあて、ウサギ小屋にでも帰るか」などという軽口も出た。先進国入りを目指す時代。昭和50年代を代表する硬派な流行語である。(中丸謙一朗)

 〈昭和54(1979)年の流行歌〉 「夢追い酒」(渥美二郎)「関白宣言」(さだまさし)「銀河鉄道999」(ゴダイゴ)

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