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【勝負師たちの系譜】タイトル独占、一強時代築いた大山康晴名人 対局中「元気がないんじゃない」と相手を気づかう余裕まで (1/2ページ)

★大山康晴(2)

 1955年度から57年までは、升田幸三実力制四代名人の絶好調の時代で、大山康晴十五世名人は、何度も苦杯を味わうことになる。

 王将戦で香を落とされて敗れた後、大山は升田の持つ九段位に挑戦して敗れ、最後の牙城は名人だけとなった。

 その名人位も、57年に挑戦してきたのが升田である。過去二度にわたり、名人戦で升田の挑戦を退けてきた大山だったが、この時は精神的にも追い込まれていたのだろう。ここでも2勝4敗で敗れ、升田に将棋界初の三冠(名人・九段・王将)独占を許したのだった。大山34歳の時であった。

 遡ること5年前、木村義雄名人(当時)を破った時、木村に「良き後継者を得た」言われた大山にとって、兄弟子が天下を取ったのである。香落ちで敗れたとき以上の屈辱だったはずだ。

 しかし2年後には、大山は不死鳥のように蘇る。瞬く間に升田からすべてのタイトルを奪い返し、逆に独占したのだった。それだけでなく、読売新聞社が九段戦を発展的解消して立ち上げた十段戦で、3年連続升田を接戦(4-3、4-3、4-2)の末に破ったのを始めとして、ついに生涯、升田には一度もタイトルを渡さなかったのである。4-0で勝った1968年の名人戦では、対局中に「升田さんちょっと、元気がないんじゃない」と、相手の体調を気づかう余裕まであった。正に大山の意地と言えるだろう。

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