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【警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識】不意打ちでやってくる「次の大地震」 元日に起きた石狩地震、“東海地震一色”の中で起きた阪神淡路大震災 (1/2ページ)

 自然現象は年末や年始にも起きる。人間の都合を考えて起きてくれるわけではない。

 元日に大地震が起きたことがある。天保5年1月1日に起きた石狩地震だ。起きたのは午前10時頃だった。正月早々の地震は大きな衝撃だった。いまの暦では1834年2月9日になる。

 震源は札幌北方の日本海岸の石狩川河口付近。現在の石狩市付近に集まっていた人家が損壊し、地割れが生じて泥水が吹き出したと記録されている。石狩川河口は札幌駅から20キロあまり北だ。

 81戸全半壊と記録にあるが、そもそも人口密度がごく低かった。いま200万都市になった札幌市が広がっている地域は、現在では想像もつかないくらい人がいなかった土地だった。

 ところが、近年、液状化の跡が北海道大学農場の跡地で見つかった。札幌市埋蔵物調査室によって遺跡調査が行われたときのことだった。札幌駅の北2・5キロにある市街地の真ん中である。

 液状化の大きな跡があったということは、震度6だった可能性が強いということだ。

 震源から約20キロも離れた現在の札幌市内でも震度6が発見されたことは、震度6の領域がかなり広かったことになる。その後、市内各所で掘削が行われ、ここ以外でも液状化の跡が見つかっている。

 つまり、この石狩地震のマグニチュード(M)は、それまで推定されていた6・4よりもずっと大きかった可能性がある。

 北海道に住んでいた先住民族は文字を持たなかったから歴史記録は残っていない。たとえ大地震があったとしても、本州のようには昔の地震について知られていないのだ。だから、19世紀の大地震でも歴史記録はほとんど残っていない。

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