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【ぴいぷる】防護マスク外して最終確認… 元陸上自衛隊研究本部特殊武器研究室長・中村勝美氏が語る「地下鉄サリン事件」 防衛問題研究家・桜林美佐氏が直撃 (1/3ページ)

 1995年3月20日は月曜日だったが、埼玉県・大宮にある陸上自衛隊化学学校には、いつもより少ない人員しかいなかった。人事異動の直前だったことや、前日に休日出勤した隊員が代休を取っていたからだ。教官を務めていた中村勝美3等陸佐(当時)も週末は仕事だったが、たまたま出勤していた。

 「午前8時を過ぎると、化学物質についての問い合わせの電話が次々にかかってきました」

 テレビをつけてがくぜんとした。映し出されたのは東京中枢の地下鉄の駅から乗客が運び出されている光景だった。そして、「これは神経剤だ」と確信した。実は前日の休日出勤は、この事件に深く関係していた。

 前年6月に発生した「松本サリン事件」の捜査を進めていた警察が、強制捜査を念頭にした対化学兵器対処要領の教育を陸自に依頼し、化学学校の教官がこれを行っていたのだ。

 「上司から『(猛毒の神経ガス)サリンを中心とした教育を行うように』と指示を受け、丸1日かけて警察の機動隊員に講義をしました。非常に熱心に聞いてくれたことが印象に残っています」

 まさか翌日、自らがその「サリン」の中に突入するとは想像もしていなかった。ニュースが報じられて間もなく、自衛隊の関係部隊に非常呼集がかけられた。当時は携帯電話などを持つ隊員はいないため、休暇中の隊員への連絡は難航した。化学学校からは教官など6人が派遣されることになり、中村氏もその1人となったのだ。

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