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【ぴいぷる】陸自初の女性連隊長・澤村満称子1佐 「何とかしたい!」という思いは強まるばかり (3/3ページ)

 「隊員たちの前に立った瞬間にシャンとしました」 

 後方部隊は実は非常に忙しい。災害派遣、国際活動、緊急援助隊などあれば、まず必要となる。そのため、基本的に隊区を離れることはできないし、『常時待機』の体制と言っていい。そんななかで個人的な不安など、どうでもいい心境になった。

 総括班長のときに熊本地震が発生し、現場に赴いたことがあった。現場からは多様な要望が上がってくる。それらを「聞く」のが仕事だったが、今度は現場の不備不足を実際に体感する側となった。

 「隊員たちの生活環境を見て、『予算を獲得した』と満足していた自分を猛省しました」

 部隊内の宿舎や備品を見て力が抜けた。防衛省の机の上で寝る間も惜しんで頑張っても、約15万人の隊員に物が行き渡るには何年も時間がかかるのだ。認識していたよりも現場は悲惨なものだった。老朽化が激しいだけでなく、機械化という言葉も無縁に近い。

 そのため、多くの仕事を人が担うことになる。人員は減っているのに、である。しかし、最も驚いたのはそこではない。

 「そんな状態が、当たり前だと思っているんです」

 不満が出ないのは、そうした環境しか知らず、反比例の構図に気づく暇もないから。「作業に時間がかかるのは自分たちのせいだ」と思ってしまっている。IT化や効率化、そして、「働き方改革」と言われるが、自衛隊への浸透は不十分なのだ。

 職種柄、隊員たちの使っている物に目がいく。

 「自衛官が身に着ける物は、本来、プロ野球選手の道具のような物です」

 崇高な使命感をもって任務に就いてもらうために、ボロボロの物ではいけない。澤村1佐の「何とかしたい!」という思いは強まるばかりだ。(ペン・桜林美佐 カメラ・古厩正樹)

 ■澤村満称子(さわむら・みなこ) 1971年10月3日、東京都生まれ。46歳。94年に南山大学卒業後、95年、陸上自衛隊入隊(幹部候補生)。2011年、後方支援連隊補給長、15年、陸上幕僚監部装備部(需品)総括班長、同年、陸上幕僚監部装備計画部(装備計画)、17年、第15代第6後方支援連隊長。

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