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【勝負師たちの系譜】ファン魅了した発信の天才・米長邦雄永世棋聖 「兄貴たちはバカだから東大に行った」 (1/2ページ)

★米長邦雄(1)

 米長邦雄永世棋聖は、将棋の強さもさることながら、自ら発信するパフォーマンスで、ファンを魅了した棋士であった。

 山梨県の増穂町(現富士川町)で生まれ、4人兄弟の末っ子。

 「兄貴たちはバカだから東大に行った」という、あまりにも有名なジョークがある。これを私なりに理解すると、兄達は皆、秀才であり、邦雄は天才であった、ということと思っている。

 長く連盟の理事を務めた丸田祐三九段が「大山さんと指すと、自分の方が絶対深く読めているはずなのに、どこかで読みにない手を指されて負かされることが多いんだ」と言ったのを聞いたことがある。

 A級24期を誇る棋士の言葉だけに、感心したと同時に米長将棋も大山と同じく、秀才の相手が読めない頭脳の持ち主だったと、思ったものである。

 米長の奨励会入りには、師匠の佐瀬勇次名誉九段が米長家までやってきて、プロ入りを勧めたという。佐瀬家の内弟子としてスタートしたのは、13歳の時であった。

 米長は他の一流棋士と違って、若い頃から華々しい活躍を見せたわけではない。四段になったのは、20歳になる直前だったし、デビューから数局は、散々に負かされている。また順位戦ではA級に昇るまで、8年かかっているのだ。無論、並の棋士と比べればはるかに速いが、中原誠16世名人や谷川浩司九段のように、20代前半からタイトルを取ったような早熟タイプとは、一味違っている。

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