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【勝負師たちの系譜】三段リーグは人生かけた絶望との戦い 「上がれなかったらこのビルの屋上から飛び降りるのか」という夢を何回見たかわからない (1/2ページ)

★三段リーグ(2)

 三段リーグに東西決戦があった頃(1974年まで)の敗者は、惨めであった。敗れて何も考えられず、娯楽室で先輩棋士の麻雀を見ていると、「君はこんなところにいていいのかね」と、勝者が言ったという話がある。ここは奨励会員の来る所ではない、という意味である。

 三段リーグ廃止の後は、月4局で12勝4敗(後に13勝)で四段になれたのだが、年度で1人の時や、8人上がった年もあり、87年に年間4人の制度で復活したのだった。

 三段リーグ復活直前に昇段したのが、佐藤康光、森内俊之両九段というのも面白い。第1期の昇段者は、米長邦雄永世棋聖門下の中川大輔八段、先崎学九段だった。

 62回のリーグの間には、劇的なシーンがいくつもある。

 95年度後期最終局。1人は堀口一史座(かずしざ)三段(当時)が早くに決まり、残り1つの椅子を、12勝の6人で争っていた。

 順位が一番上の中座(ちゅうざ)真三段(当時)は、年齢制限最後のリーグだったが最初に負け、この時点で6番手。諦めて帰ろうとしたところを、幹事に待つよう呼び止められた。

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