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【日大のドン・田中英寿理事長 人脈と金脈】日大・田中理事長、内田前監督には無かった“情”で教え子たちを掌握 第2の就職先の面倒も (1/2ページ)

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 マスコミを徹底的にシャットアウトし、相変わらず沈黙を守り続ける日大の田中英寿理事長(71)。7万人余の学生を擁する巨大組織、日大の掌握術の見事さには改めて驚くばかりだ。

 そのパワーはどこからきているのか。右腕だった内田正人前アメフト部監督がコーチたちを日大職員に仕立て、生活権を人質にとっていいようにアメフト部を操っていたことは広く知られている。実はこのお手本が田中理事長なのだ。

 というのも、内田前監督が兼務していた34のスポーツ部の予算、人事をつかさどる保健体育審議会事務局長の前任者が田中理事長だった。田中理事長もこの職権や、平成17年に就任した116万人のOBの集まりである校友会会長の座をフルに活用し、教え子たちをいい意味で操り、いまだ総監督として相撲部に君臨している。

 たとえば、これまで田中理事長は59人もの教え子を大相撲界に送り出しているが、その全員が横綱にまでなった輪島のように大成できたワケではない。大半が志半ばで挫折し、親方として大相撲界に残留できた教え子もごくわずか。田中理事長はそんな落ちこぼれた教え子たちの第2の就職先の面倒まで小まめにみている。

 新大関として7月の名古屋場所に臨む栃ノ心が12年前に春日野部屋に入門するきっかけを作った平真一さんは、元日大相撲部のキャプテンで卒業後出羽海部屋に入門。「出羽平」のしこ名で十両までいったものの、大相撲界には残れなかった。現在この平さんは、母校日大の職員になっている。裏に田中理事長の意向が働いているのはいうまでもない。

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