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【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】殺人犯の役を演じ… 全否定ではなく、彼らの気持ちを理解することが事件防止につながる (1/2ページ)

 ここ最近続発しているような、自暴自棄な犯人が引き起こす、死刑必至の無差別殺人事件の報道を聞くたび、「死にたいなら勝手に一人で死ね」と多くの人が思う。だがそれではいつまでたっても無差別殺人事件を分析はできないだろう。

 犯人は、世の中に対して、想像できる範囲で究極の無茶苦茶をしたいのである。刃物はそれが手に入る限界であったからでしかなく、もし日本にマシンガンのような武器があったのなら、彼らは人ごみでそれを乱射したであろう。極端な話、もし核兵器を渡したのなら、迷わずそのボタンを銀座の歩行者天国で押すかもしれない。

 無差別殺人ではないが、私は女性にストーカーをした揚げ句、女性と家族2人を刺し殺した「耳かき店員殺害事件」の犯人の役を演じたことがある。

 事件前からの犯人の人間性に始まり、裁判のシーンまでと、犯人の人生を詳細に描いたテレビドラマであった。

 私は役者として、その犯人の人生を理解しようとしたが、それは困難な作業であった。

 まず好きな女に裏切られたと思っても、その女の家に包丁を持って乗り込んでいくという、巨大な暴力性は己の中に潜んではいなかった。

 次に、捕まることも分かっている上での犯行ということは、その女性の存在を人生をかけて消し去るという決意である。つまり自分の存在より、その決意のほうを重要だと選択をしたのである。

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