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【日本は太陽・中国は月】常に中国の“近代化”に協力してきた日本 (1/2ページ)

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 近代の日中関係は、日本と清朝が「対等の関係」と認め合ってスタートした。朝鮮や沖縄など中国と特殊な関係を持つ国の扱いで紛糾したが、沖縄は日本に完全併合され、朝鮮はいったん完全な独立国となった。

 日清戦争後、清朝では「日本に見習おう」という運動が起こり、光緒帝は伊藤博文を顧問として招聘(しょうへい)しようとしたが、西太后の抵抗で実現しなかった。だが、日本に中国人留学生が押し寄せ、西洋の文献は日本語訳から中国語に訳された。

 このため、現代中国語には驚くほど日本語からの外来語が入っている。「革命」など本来とはまったく意味が違うものもあれば、「民主主義」のような新語もあった。「白話」と言われる口語文の確立にあっても、日本語の影響が強かった。

 清朝は保守派が日本流の改革に躊躇(ちゅうちょ)しているうちに、日本人に支援された孫文らが辛亥革命を起こして倒された。そして、清朝高官だった袁世凱と組んだ中華民国は、漢民族が他民族を抑圧する国となり、「反日」をナショナリズムの原動力とするようになった。

 その後、日本も国粋主義に傾斜するなかで、中国は巧みに欧米への接近に成功し、日本が中国との外交戦争で負けたのが、太平洋戦争である。中華民国は戦勝国になったものの、国造りをおろそかにしたツケで中国共産党に内戦で負けた。

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