記事詳細

【有本香の以毒制毒】嫌韓・呆韓から「拒韓」へ… 「法治より情治の国」とはまともに付き合えない (1/2ページ)

 予想通りの判決が出た。先月30日に韓国最高裁で出された、日本企業への「戦時徴用工への賠償命令」である。「予想通り」というのは、5年前の2013年から14年にかけ、筆者が、朝鮮人徴用工問題を取材したとき以来の「悪い予想」という意味だ。

 この時の取材は、日本国内で「戦時中に強制連行・強制労働に従事した朝鮮人の慰霊」活動をする、日本の団体についてだった。その内容は当時の掲載誌をお読みいただくとし、本稿では今般の判決に関連する歴史の「おさらい」を書く。

 東京五輪の翌年の1965(昭和40)年、わが国は、戦後にできた国、大韓民国と国交を結んだ。これに伴い「日韓基本条約」と「日韓請求権協定」が締結され、ここで日本から韓国への一切の賠償が終わっていることは、さすがに今般、全メディアが報じた。

 この時の条約と協定に基づき、日本から韓国へ、無償支援3億ドル、有償支援2億ドルが経済協力金として支払われ、民間借款も3億ドルが提供された。

 さらに、その他を含め総額11億ドルが支払われたが、この額は当時の韓国の国家予算の2・3倍に相当した。

 余談だが、当時の日本は外貨を18億ドルしか持ち合わせなかったが、そのうちの11億ドルを韓国に支払った。終戦後の焼け野原から国民が必死に働いて貯めた外貨の大半を、韓国に渡したのだ。

関連ニュース