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【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び お題は「ちょっといい話」》太陽の塔の第4の顔『地底の太陽』はどこへ行った? (2/2ページ)

 関係者はその当時で多くが既に退職しており、連絡先を調べてもらったり個人的に連絡してもらうなどして数カ月かけて50人ぐらいの人にあたった。

 1993年1月から大阪夕刊で始まった企画「ちかごろ探検隊」の1回目に掲載することになり、制作者の岡本太郎氏にも出張インタビューした。

 太陽の塔にかかわった建築デザイナーも「協力したい」と東京・青山の岡本邸を訪れ、「探してほしい。見てみたい」と言ってくださった。しかし、美術館には展示されず、置き場所になっていた兵庫県の教育研修所の軒先にビニールにくるまれた、地底の顔らしき形をしたものがあったことを記憶している職員の証言でプツリと糸が切れた。

 「地底の太陽は、地上に出てそして姿を消してしまった」

 これが記事のしめだったように記憶する。

 掲載後、万博ファンでもある河内音頭の河内家菊水丸さんからお手紙をもらったり、岡本氏の美術館や記念館開館のおりにも関係者から「地底の顔は見つかりましたか」と問い合わせをいただくなどしたがわからず、心苦しい思いをしたが年月も流れ、記事のこともすっかり忘れていた。

 元通産官僚で作家、そして大阪万博の立役者でもあった堺屋太一氏が2月8日に亡くなられた。岡本氏はじめ「生みの親」ともいえる方々はいらっしゃらないが、今も太陽の塔は時代のモニュメントであり、人々の心に刻まれている。6年後の大阪万博も時代のシンボルとなり、未来を刻む博覧会であってほしい。(杉)

 【zak女の雄叫び】取材や日常…。女性記者21人が月ごとのキーワードで本音を綴るリレーコラムです。2月のお題は「ちょっといい話」です。