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【共産党研究】平成は「社会主義」終焉の時代 “革命は遠くなりにけり” (1/2ページ)

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 平成が間もなく終わろうとしているが、この時代は「世界の大激動」の中で始まった。資本主義陣営と社会主義陣営による、東西冷戦の象徴でもあった「ベルリンの壁」が崩壊したのが、平成元(1989)年11月であった。

 この年は、ソ連によって政治、経済、社会体制が押しつけられてきた東欧社会主義国のすべてで民衆が蜂起し、その崩壊が始まった年であった。

 激動は、まずポーランドで始まった。ソ連言いなりの統一労働者党に代って、独立自主管理労働組合「連帯」が政権を握った。東ドイツでは、社会主義統一党書記長だったエーリッヒ・ホーネッカーが辞職に追い込まれ、「党の指導性」規定が憲法から削除された。

 日本共産党と親密な関係にあったルーマニアの初代大統領、ニコラエ・チャウシェスクは、公開処刑で銃殺にされた。

 91年8月には、ついに親玉のソ連共産党が解体し、ソ連邦も崩壊していった。社会主義世界体制の敗北・崩壊であった。

 この事態を受けた日本共産党は、“ソ連などは社会主義ではなかった。だから社会主義の失敗でも、敗北でもない”と弁明している。だが、こんな弁明は通用しない。

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