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【突破する日本】新元号「令和」 明治天皇「五箇条の御誓文」と重なる願い (1/2ページ)

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 新元号「令和」の出典について早速、『万葉集』の漢文が依拠したのは中国・後漢時代の政治家、張衡の詩「帰田賦」(『文選』巻15)であるとの指摘がなされている。「仲春令月、時和し気清らかなり」という部分があるという。

 大伴旅人(おおとものたびと)とも、山上憶良(やまのうえのおくら)ともされる『万葉集』巻五「梅花の歌」序文の作者は当然、『文選』は読んでいただろう。それを踏まえた表現が、文人としての嗜(たしな)みともされたに違いない。

 結果として「令和」は、日本の古典にも中国の古典にも典拠があるということになるが、むしろ結構なことではないか。漢籍と国書を対立的に論じることは建設的ではなく、国書は当然、漢籍の影響を受けている。私は両方を出典とすることが最善と指摘してきた。

 重要なのは、新元号の出典が『万葉集』の漢文であることであり、その全体の趣旨だ。「令」と「和」がどの文献で使われているかということは些末な問題でしかない。

 『万葉集』の序文がいう「風和ぎ」とは、春の訪れによるものばかりではない。当時の東アジア情勢の変化により、国土防衛のための防人(さきもり)を一部停止できるほど隣国との緊張が緩和された。現在の状況とも重なることを踏まえ、そのような平和な時代が到来し、文化の花咲く時代にしたいとの意味が込められているのではないかと前回述べた。

 安倍晋三首相が「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように」と談話で述べたのは、そのような意味ではないか。

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