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【日本の選択】奇怪な「象徴天皇論」も… ガラパゴス左翼象徴する「令和」にイチャモンつける人々 (1/2ページ)

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 「令和」の御代を迎えることを多くの国民が歓迎している。災害の多かった平成という時代、常に国民に寄り添いながら象徴としての役割を果たしてこられた今上陛下に感謝申し上げると同時に、期待に胸を膨らませながら新たな時代の到来を祝っているのだろう。

 「令和」の元号が発表された日、普段、皇室のことを尊敬しているとは思えぬような人々まで、喜びの声をあげていた光景を眺め、改めて皇室のありがたさを実感した。

 しかし、中には改元そのものを憲法違反だと主張し、国を提訴する人々まで存在しており、私自身少なからぬ衝撃を受けた。実際に改元を違憲だと訴えた長野県の弁護士、山根二郎氏らは次のように主張している。

 《元号の制定は国民が有している「連続した時間」を切断し、憲法13条が基本的人権として保障する国民一人一人の「個人の尊厳」すなわち「人格権」を侵害するものであるから同条に違反し許されない》

 日本国憲法については、論じたいことがさまざまあるというのが正直なところだ。だが、いずれにせよ日本国憲法の第1条では天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と定めている。象徴が変わるとともに1つの時代が変わったと解釈するのは、別におかしなことではないだろうと思うのが一般的な感覚というものではないだろうか。

 キリスト教徒ではない私にとって、キリストの生誕を基準として定められた西暦は便利ではあるが、どこか違和感が残る。西暦と元号の両方があった方が、場合に応じた使い分けができて便利なのである。

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