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【ジュリア・ミント プーチンの国より愛を込めて】パルチザンに参加、戦い続けた祖父 (1/2ページ)

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆様!

 今回は、大祖国戦争の時代を生きた人々の一人である私の祖父のお話の続編です。

 「おい!こっちだ」

 ドイツ行きの輸送列車から命からがら脱走して森の中をさまよっていた祖父が立ち止まって声のする方向を見ると、ライフルを持った男が木の陰に隠れていました。

 その男はパルチザンでした。

 パルチザンとは、ドイツに占領された国の一般市民が作ったゲリラ部隊の名称で、ソ連政府からの統制と指揮を受けた彼らの主な任務は、ドイツ軍への妨害工作でした。

 その男の手引きによって森の奥深くのパルチザン司令部に連れていかれた祖父は、しばらくそこで匿われ、15歳の誕生日を迎える頃にパルチザンとして抵抗運動に参加していくことになりました。

 その頃には、ベラルーシ国内の抵抗運動は全国的に広がっていき、パルチザンの数は急増していました。

 深い森や湿地帯が多いベラルーシの国土は、パルチザン側にとって戦闘や隠れる場所などで有利な条件が多く、次第にドイツ軍はパルチザンの妨害活動に手こずるようになっていきました。

 一方、敵に捕まれば間違いなく殺される事が分かっていた祖父たちパルチザンは、常に注意深く行動していました。

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