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【ジュリア・ミント プーチンの国より愛を込めて】戦時下、祖母の過酷な生活 (1/2ページ)

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆様!

 ドイツの降伏後まもなく、ラトビア共和国の港湾都市リエパーヤに駐留する事となった当時18歳のソビエト海軍の祖父は、その地で将来の伴侶となる祖母と出会う事になるのですが、彼女も、また同じく過酷な戦争時代を生きた人々の一人でした。

 私の祖母、ヴェラ・アレクサンドロワはウラル地方のチルリアンという小さな村で生まれました。

 深い森と高い山々が織りなすチルリアンは、現在のロシア連邦バシコルトスタン共和国の南東部に位置し、おとぎ話に出てくるような美しい自然に囲まれています。

 そのような大自然の中で祖母ら家族たちは、戦争が始まるまで幸せな生活を送っていました。

 しかし、ナチス・ドイツとの戦争が始まると状況は一変しました。

 すぐに老人以外の村の男たちは戦場に行き、後に残ったすべての子供と女性たちは、近隣の町にある冶金工場での労働に取り組まなければなりませんでした。

 その工場では、近隣の村から集められた数百人の子供や女性が、フル稼働で武器を作るために必要な金属を作っていました。

 そして、その当時12歳だった祖母も毎朝6時から12時間休み時間もなく、一日中立ったまま機械を操作して懸命に働きました。

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