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【吉田茂という反省】真珠湾攻撃が「だまし討ち」になった原因! 責任者2人を外務次官にした罪 (1/2ページ)

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 元首相、吉田茂のでたらめぶりは、日米戦争の端緒となった真珠湾攻撃の「だまし討ち」に関わる2人の責任者を、いずれも処罰どころか、外務省の最高官職である外務次官に昇格、栄達させたことでもよく分かる。

 よく知られているように、日本の「開戦通告」は、真珠湾攻撃の30分前に米国政府に届くはずだった。ところが、ワシントンの駐米日本大使館が通告文のタイプに時間がかかり、実際に米国政府に「開戦通告」が渡ったのは攻撃の約1時間後だった。結果として、真珠湾攻撃は「無通告の攻撃」(卑劣なだまし討ち)になってしまった。

 真珠湾攻撃前夜、「開戦通告」をタイプすべき大使館員が、遊びに出かけて遅くまで飲み食いしていたのだ。緊急態勢を敷かず、前日終えておくべきタイプの担当者を遊びに行かせた上司との2人が直接の責任者といえる。

 吉田はその2人を、サンフランシスコ講和条約が発効(1952=昭和27=年4月)して、日本が主権を回復する前後に、外務次官に昇格させたのである。そうすることによって、外務省の歴史的大失態を国民が議論できないものにしたとしか思えない。

 太平洋戦争が終わる直前、広島と長崎に原爆が落とされ、甚大な犠牲者が出た。このとき、時の米国大統領、ハリー・S・トルーマンはいずれの場合も、これで「だまし討ち」の仇を取ったと言った。それほど、米国は、真珠湾の無通告攻撃に激怒していたのだ。

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