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【東アジアの動乱と日本の針路】「一国二制度」の約束を破る習近平氏… 民主・香港は生き残れるのか (1/2ページ)

 「香港問題」の根源は、英国が1997年に、香港をチャイナ(中国)に返還したことだ。

 実は、英国は九龍半島の先端と香港島からなる本来の香港を中国に返還する必要はなかった。そこは純然たる「英国の領土」であり、99年の租借をしていたのは「新租界」と呼ばれるエリアだけだった。

 英国がこの時、中国に約束させたのが50年に及ぶ「一国二制度」の維持である。この取引には裏がある。英国は英国系金融資本が香港で自由に活動できる保証が欲しかったのである。自由港でタックスヘイブン(租税回避地)である香港は、英国にとっても重要なドル箱であった。

 中国としても、経済発展を実現するうえで、香港は外資を呼び込む重要な入り口であった。後年は富裕層が海外投資をする窓口ともなった。

 英国も中国も、金融センターとしての香港は利用価値があったのである。実際、その後、中国の高度成長にとって香港は不可欠の金融センターとなり、英国系金融資本は大きな利益を上げることができた。

 ただ、中国共産党は香港の金融機能は利用したいが、香港の政治が民主的に行われることに我慢がならなかった。そこで、一国二制度の約束を破り、香港の自由を抑圧してきたのである。

 5年前には「雨傘運動」で香港人の怒りが爆発したが、この運動は成功しなかった。今回の「逃亡犯条例」改正案の反対運動では、前回の教訓が生かされ、「これ以上の民主政治の後退は許さない」という香港人の運動が続いている。

 中国の習近平国家主席もさすがに改正案の撤回を承認せざるを得なかった。習氏の矛盾は、香港の民主政治は圧殺したいが、香港の金融・貿易機能だけは利用したいと考えていることである。

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