記事詳細

【大前研一 大前研一のニュース時評】「英語民間試験」導入延期は当然だ 文科省と日教組の「罪」は重い (1/2ページ)

 2020年度に始まる予定だった大学入学共通テストの英語民間試験の活用が、24年まで見送られた。当然のことだ。

 文部科学省は会場の準備などを民間の試験団体に丸投げし、生徒の受験機会の格差も解消できなかった。これが延期の要因になっている。しかし、根本的な問題は変わらない。

 そもそも英語民間試験の導入は、第2次安倍政権発足直後に設置された「教育再生実行会議」で、大学の英語入試に「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を測定する民間の資格試験活用を提言したことから始まった。言葉というのはコミュニケーションの道具だ。その道具を4つに分解するのは、ほとんど意味がない。

 かつて私がMIT(マサチューセッツ工科大学)大学院で博士課程を受験したとき、語学試験のひとつのドイツ語は、ネイティブ2人と議論してコミュニケーション能力を測り、「こいつ、わかっているな」と思われたら合格だった。

 しゃべることができれば書くほうもできるようになってくる。すごい文章を書ける人が、ネイティブの前に行ったら、「わかりません」では困る。

 大学の学部、学科によって、測りたいのが読解力なのか、ヒアリングなのか、会話能力なのかで違ってくる。本来なら、その違いに沿って大学側がそれぞれ試験問題を作るべきだ。「ウチは英語に関してこの能力をテストします」と公表すれば、その大学を目指す人はそれに沿って勉強するはずだ。

 なのに、文科省は目的も採点基準も違う民間試験に丸投げをしようとした。文科省の責任は非常に重い。文科省の学習指導要領でやる英語教員が教える限り、英語のできる人間は育たないだろう。そもそも彼らの英語能力が問題だからだ。

 実はTOEICやTOEFLの国際的な試験で、日本は常に最下位か下から2番目か3番目だ。アジアでも日本より下は北朝鮮という統計が多い。日本は中学校からずっと英語を教わりながら、この惨状。

関連ニュース