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【「麒麟がくる」外伝】親族といえども一切容赦しなかった…猛将・斎藤道三、最後の不器用な「愛情表現」 (1/2ページ)

 ■「麒麟がくる」初回19日午後8時(拡大75分)~

 前回触れたように、今年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公、明智光秀は生年不詳、生誕地不詳。ざっくり言うと、彼は、16世紀前半に美濃(現在の岐阜県南部)で生まれた、美濃源氏土岐氏一族の武将、ということになるが、それでは「TVドラマ」にならない。

 NHKは今回の放送に当たって、昨日ご紹介した光秀関連事項「諸説」のうち、恵那市と可児市に2つあった「明智城」については、可児市説にかじを切った。可児市の明智城は美濃の土岐明智氏の居城の山城。14世紀の半ば、土岐兼頼がこの地に城を築き、地名にちなんで「明智」を名乗った。

 城に建てられている説明板によれば、この城で生まれた光秀は11歳で城主になり、この城で30年近くを過ごしたが、1556年、斎藤義龍(よしたつ)によってこの城は猛攻撃を受ける。光秀は、戦況不利と見た当時の城代の光安から明智家再興を託されて城を出る。

 光秀逃亡の後、光安は自刃して、この可児市の「明智城」は落城するが、落城させたこの斎藤義龍という武将は、残忍で強い「戦国の三梟雄(きょうゆう)」の一人、「斎藤道三」の嫡男であり、あの「帰蝶(濃姫)」の兄であった。

 斎藤道三はこれまで、縁もゆかりもない美濃の国を「たった一人で」手にした梟雄、と言われてきたが、近年の研究では、それは道三とその父の、二代がかりの事業だったらしい。

 ま、それはともかく、道三は美濃の国を獲(盗)りはしたが、美濃周辺に居並ぶのは一騎当千の戦国大名たち。

 例えば、美濃の隣には織田信秀がいたし、その信秀に対して東からは今川義元が牙をむく、といった具合だ。そんな中で、道三は美濃を守るため織田と組むことにした。その証しが信秀の息子・信長と、道三の娘・帰蝶の結婚であった。

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