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【「麒麟がくる」外伝】本能寺の変「秀吉黒幕説」 秀吉サイドが“出来過ぎ”なのは…名副官・黒田官兵衛のおかげ? (1/2ページ)

 ■「麒麟がくる」初回19日午後8時(拡大75分)~

 雅(みやび)な京の都には縁のなかった織田信長は、そんな自分に上洛の道筋をつけてくれた明智光秀に感謝していた。光秀は、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公である。信長としては、光秀とは妻、帰蝶(濃姫)を通しての「遠い親戚」といった感情もどこかにあったかもしれない。要するに、光秀は信長から目をかけられていた。

 後年の、衆人環視の中で「キンカン頭」と軽口をたたかれたり、「客人の魚が腐っていたのはお前の責任」と人前で叱られたり…といった出来事は、信長にしてみれば、特に他意はない「身内感覚」のもの、だったのかもしれない。

 しかし、そうした信長の行為が、光秀のあの本能寺決起につながったと指摘する人たちがいるし、これとは別に、行為の裏の黒幕の存在を主張する人もいる。黒幕説では、「足利義昭説」「朝廷説」「堺の豪商説」「秀吉説」…。「あの日、戦闘行動は一切なかった。あったのは当方からの火矢攻撃だけ」という明智側兵士の本城惣右衛門の覚書もある。

 今、仮に「秀吉黒幕説」を取り上げてみる。

 みなさんご納得のように、確かに、本能寺の変前後の秀吉サイドの「諸行動」は、全てが的を射ていて、ことごとく「出来過ぎ」の感がある。一例として、備中高松(現在の岡山市)での清水宗治戦を挙げる。

 まあ、こうしたことは全て、秀吉の希代の名副官、黒田官兵衛の「読みと実行力」による。例えば、その終戦間際で、「私の力では、到底、宗治には勝てません。最後の仕上げは、信長様にご出馬頂かないと…」というSOSを信長に出した。これは、5人の師団長の中で、自分だけが毛利に勝ってしまうと、突出嫌いの信長にいじめられると読んだ官兵衛の「高等作戦」だ。

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