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金正恩氏に「残酷な証拠写真」を撮られた軍幹部らの悲惨な運命 (1/2ページ)

 北朝鮮の金正恩党委員長が、すでに4週間も公開の場に現れていない。1カ月前に出回った「重体説」や「死亡説」がガセネタだったことから、今回は彼の「不在」を疑問視する向きは少ないようだ。

 それにしても、北朝鮮の体制は独裁者あってのものだ。それにもかかわらず、金正恩氏が長期間にわたり動静を伏せることができるのは、それしきのことで体制は揺らがないという自信の表れだろうか。

 そんな金正恩氏も執権初期には、非常に大きなコンプレックスを抱えていた時があった。脱北者で、韓国紙・東亜日報の記者であるチュ・ソンハ氏が自身のブログで、そのことをよく知ることのできるエピソードを伝えている。

 2013年10月23、24日の2日間、平壌で朝鮮人民軍第4回中隊長・中隊政治指導員大会が開かれ、約2万人の軍幹部らが参加した。大会2日目、会場に金正恩氏が現れると、参加者らは割れるような拍手を送り、熱狂的に万歳を叫んだという。

 だがこのとき、金正恩氏の様子におかしなところがあった。左手に、書類のファイルを抱えていたのだ。「権威を重視する北朝鮮において、指導者が自ら書類ファイルを抱えて出てくるのは珍しいことだ」とチュ氏は解説している。

 金正恩氏は自分の席に着くと、ファイルを「バン!」と机に叩きつけるように置き、場内が静まり返るや口を開いた。

 「これから名前を呼ぶ者は前に出てこい。第〇軍団第〇師団第〇連隊の中隊長・金〇〇、第〇軍団……」

 その声には殺気がこもっており、名前を呼ばれた将校たちの身に不幸が降りかかるであろうことは明らかだった。会場の空気は凍り付いたという。唾を飲み込む音も聞こえそうな静寂の中、十数人の将校が前に呼び出された。その中には師団政治指導員や幹部部長(人事部長)ら高位将校も2人含まれていた。

デイリーNKジャパン

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