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「平成の黄門さま」渡部恒三元衆院副議長が死去 自民党「竹下派七奉行」として大臣歴任

 衆院副議長を務め、「会津のケネディ」「平成の水戸黄門」と呼ばれた渡部恒三(わたなべ・こうぞう)氏が23日午前2時ごろ、福島県会津若松市内の病院で死去した。88歳。福島県出身。葬儀は近親者のみによる密葬とし、後日お別れの会を開く方向。

 「津波の被害がすごかった。故郷・福島県のいわき市や南相馬市などを回ったが、何の責任もない人々の命が奪われ、先祖から受け継いだ家や財産を流された。いまだに涙が止まらない…」

 東日本大震災後の2011年5月、夕刊フジが民主党最高顧問だった渡部氏をインタビューした際、こう言って涙をぬぐった。

 1969年に衆院議員に初当選し、小渕恵三元首相や小沢一郎氏らとともに、自民党「竹下派七奉行」の1人として地歩を固め、厚相や通産相、自治相を歴任した。

 93年に小沢氏らと「二大政党制」実現を目指して自民党離党。その後、新生党や新進党の結党に参加し、96年から2003年まで衆院副議長。05年に民主党に入党した。

 飾らない人柄で、福島弁の演説に人気があった。民主党政権時代は、鳩山由紀夫、菅直人両元首相らへの歯にきぬ着せぬ発言で存在感を示した。12年の衆院選に出馬せず政界を引退していた。