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【八木秀次 突破する日本】学術会議問題は戦後日本学問界の宿痾 左傾化した人文社会科学系、国の科学研究費問題に発展か (1/2ページ)

 政府・自民党から、政府機関「日本学術会議」を行政改革の対象にするとの意見が出始めた。支持したい。

 学術会議の問題は、戦後の日本の学問界の宿痾(しゅくあ)の1つだ。

 学術会議には、日本の公安当局が調査対象にしている左派政党の関係者が多数浸透していると指摘されている。浸透工作を行ったからだ。

 思想運動研究所編『左翼100集団-組織と戦術と人脈』(全貌社)によると、その左派政党が設立を「全面的支援」したある学術団体は、第2回全国大会で学術会議への浸透方針を決め、68年の第8期会員選挙(=当時は会員選任は選挙制)で60人を推薦して47人を当選。71年の第9期選挙でも75人を推薦して57人を当選させたという。選挙制は廃止されたが、影響力は今も絶大だ。

 政治的背景もあって、日本の学問界、特に人文社会科学系は異常に左傾化している。経済学は、最近までマルクス主義経済学が主流だった。法学もマルクス主義法学が盛んで、護憲派が圧倒的多数だ。教育学はソビエト教育学の尻尾を引きずっている。歴史学は戦前の「講座派」の影響力が残っている。

 その結果、大学の教員人事は彼らの影響下で行われてきた。

 ある月刊誌に、国立大学の人事が、外部の左派政党の関係者で行われていたという証言が掲載されたこともある。左派以外の研究者は、大学への就職に苦労してきた。露骨に排除され、「学問の自由」を侵害され続けてきた。

 第2次安倍晋三政権で「大学のガバナンス改革」の名の下に学校教育法を改正し、大学の人事権を教授会から学長に移した。企業や海外の研究機関との人事交流を容易にするためだったが、大学の教授会に左派がはびこり、特定の政治勢力の関係者ばかりが採用される状況を打破する目的もあった。その後、次第に変わっているが、大学の左派支配の現状に大きな変化はない。

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