募る自責の念「もっとキツいことを」「もっとやらねば」

★桜林美佐「東日本大震災と自衛隊」

2011.04.15

 四国の陸上自衛隊第14旅団は、宮城県・女川の避難所のど真ん中に指揮所を構えている。

 「避難所の被災者に、できる限り話しかけてます。そして、在宅避難者をくまなく調べて支援することも重要です」

 天幕で指揮を執る井上武旅団長は語る。それだけではない、船や電車が建物の上に横たわっている市街の瓦礫除去もある、児童の3分の2が死亡・行方不明となった石巻の大川小学校も活動範囲だ。

 初めて招集された即応予備自衛官(即自)の投入もあった。普段は、会社員などをしている即自は、休日を潰して活動に参加する者ばかりだ。そのため、帰るとすぐに仕事に戻るギャップを考慮し、主に生活支援を担ってもらうことになった。

 普段、ホテル勤務で、接客のノウハウを生かせたという女性もいる。  「私にも2歳の子供がいます。駄々をこねるかと案じましたが『困っている子供たちのために行ってくるからね』と言うと、『ママ、頑張ってね』と言ってくれたんです」

 他方、同じく派遣された即自からは「もっとキツいことをやらせてください」という声も絶えなかった。

 そんな隊員たちの思いを引き受けながらも、納得して任務を全うしてもらうのも指揮官の務めだ。

 気になるのは、国民の期待の高まりとともに「大したことができない」と思いがちになり、自責の念にかられる隊員が多いことだ。

 「当初は、遺体の発見にショックを受けていましたが、今は見つけられないことが辛いんです」

 大川小学校には、毎日、わが子を探す人々の姿がある。残った家族がしっかりと手をつないで周辺を歩いている姿を見ると、離れ離れになった子が1日も早く家に帰れるよう願わずにはいられない。

 その家族もまた、地震が起きてすぐに子供を迎えに来ていればと、自責の念にかられている。津波が来るなど想定外の場所だったが、その思いは募るばかりだ。それぞれの無力感が交差する。

 各部隊は「『頑張って』と言われてきたからには」と無理を重ね、東北の隊員たちは「地元なのだから、もっとやらねば」と気負う。彼らを救う魔法の言葉はないのかと、指揮官も模索する。

 それと知った曹長のトップが現地に駆けつけた。

 「俺たちはみんなで日本を守っているんだぞ。助け合ってやろう」

 純粋な隊員たちの真心、指揮官の決断、時には階級を超えげきを飛ばすベテラン、どれも欠かせない自衛隊の力なのだ。

 ■さくらばやし・みさ 1970年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。震災後は防衛省内だけでなく、被災地の基地でも取材した。著書に『奇跡の船 宗谷』『海をひらく−知られざる掃海部隊』『誰も語らなかった防衛産業』(並木書房)など。

 

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