何ができるかのか…“繊細”な分析は厳しい訓練の賜物

★桜林美佐「東日本大震災と自衛隊」特別版

2011.05.06

 単身赴任中のある幹部自衛官は、大型連休を前に、久しぶりの帰宅を一瞬、躊躇した。

 東日本大震災が起きてから、妻や娘が近所の人たちから、「ご主人が大活躍ですね」「お父さん頑張ってるね」と言われているからだ。

 「うちは行ってない」

 と、言い出せなくなってしまったのだ。

 派遣部隊はテレビに映ることもあるが、待機部隊は見えない。野暮なことを言えば、支援をしても行かなければ、派遣手当ても付かない。

 しかし、部下たちにも自分自身にも「もしもの時に備えることは極めて大事」だと言い聞かせ、士気と緊張感を維持しなければならない。

 「本当は現場に行って、活動したい」

 それが、ほとんど全ての隊員の本音だ。

 夜10時ごろ、東京・市ケ谷の防衛省の一室に、戦闘服を着て缶詰の夕食をとっている数人の陸上自衛官がいた。

 「私たちも被災現場で一緒に活動しているつもりでいるんですよ」

 震災発生から、すでに1カ月以上がたち、街には平常の風景が戻っているが、彼らの気持ちは被災地とつながっている。

 被災者や頑張っている仲間のことを考えると、風呂に入るのも気がひけるし、色々なことが気になって仕方がない。日ごろから、細かい気配りをする自衛官ならではの心配事が頭をよぎる。

 「漁港付近の捜索では、魚の腐敗臭がひどい。糧食に魚の缶詰は避けた方がいいのでは?」

 残飯を出さないために、缶詰の汁まで飲み干してしまう隊員も多いので、「塩分過剰摂取になりやしないか」。

 また、缶詰のご飯には、腹持ちがいいということで「赤飯」があるが、かつて災害派遣で「こんな時に赤飯だなんて!」と言われた苦い経験から、被災者の感情を考慮して出すのをやめよう…などなど。

 こうした自衛官の繊細なまでの思考は、同じ性格が集まったわけではなく、日ごろの訓練のたまものだ。

 「国民のために何ができるのか」。常に考え分析する。与える印象を考え、ワイシャツのボタンから、ズボンの折り目に至るまで気にするほどの細かさである。

 だから、本当は被災者のために何でもしてあげたいと考えるが、「できない」ということが、とりわけ悔しいのだ。

 被災地での行方不明者捜索は、胸まで泥水に浸かりながら行うが、掘っても掘ってもヘドロはいうことをきかない。

 3月末、6歳の息子を探しているという母親から懇願され、ある小隊がその自宅があったという場所を掘り返した。

 渾身の力を込めても、泥はあざ笑うように作業を阻む。30分ほどたったころだろうか、底の方で何かに触れた。引き上げてみると、黄土色をしているが人形であることが分かった。

 「ウルトラマン…」

 持っていた水筒の水をかけると、姿が現れた。

 その場にいた隊員の1人は、ウルトラマン人形で遊ぶ自分の息子と重なり、泣きたい気持ちになった。

 「息子が、大事にしていたんです」

 受け取った母親は、そう言って丁寧に泥を拭き取り、何度も何度も頭を下げた。

 何処へ帰るのだろうか、もうすぐ4月だというのに雪が舞い始める中、母親は立ち去っていったという。

 派遣された者もされない者も、歯がゆく悔しい思いをしている。

 ある幹部自衛官は言う。

 「なぜ、自衛隊がこんなにも長期間、感情を抑えながら活動を続けられるのかというと、日ごろ、もっと厳しい訓練をしているからです。他国の侵攻など、最悪の事態に備えているからこそ乗り越えられるのです」

 しかし、その「もしも」の時が幸いにも来なければ、中でも陸自の場合は、常に訓練と待機が続き、その存在理由が分かり難かった。

 何も起きなければ一見ムダなもの。しかし、日々、きめ細かい計画を立て、それをもとに訓練をこなし、待機する自衛隊だからこそ、国難に対処できる。

 今、日本には「ムダな部分が必要」と、気付くときなのかもしれない。 (ジャーナリスト)

 

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