「何で、父ちゃんなの?」任務恨まず、士気は旺盛

★桜林美佐「東日本大震災と自衛隊」

2011.05.11

 陸海空自衛隊の消防車によって結成された東京電力福島第1原発への放水冷却隊。と、言っても彼らは決して消防のプロではない。

 陸自の消防車ドライバーに関して言えば、昨今の予算減、人員削減の余波により、たまたまこの部署に異動になって任務に就いている者が多い。

 田浦副司令官を「中隊長」と呼んだ隊員も、やはり機甲科(戦車)から職種転換した末に消防隊に入っていた。

 当然、戦車に乗り続けていたかっただろう。しかし、戦車の数も減り続けているのでかなわない。やむを得ず消防隊に行き場を求めたことを考えれば、今回の任務を「不幸な巡り合わせ」と捉えてもおかしくないが、士気は旺盛だった。

 他の面々も、皆、思いもよらない派遣だった。そもそも自衛隊の消防隊とは、基地や駐屯地内だけで活動する人たちで、外に出ることは、近傍火災などの事態以外はあまり想定していない。

 それが、今回、最も危険な所に突入する役目となったのだ。

 「何で、父ちゃんなの?」

 ある陸曹は泣きじゃくる5歳の息子に言った。

 「父ちゃん、やりたいんだ。今まで役立たずだったので、やらせてくれ。たまには、いい格好をさせてくれよ」

 息子は赤ちゃんがえりして、おねしょをするようになってしまったが、父ちゃんは派遣メンバーになることを強く望んでやってきた。

 普段、「イケメン」と評判の20代もメンバーに入っていた。上官が、なぜ手をあげたのか問うと、独身だから家族持ちの先輩ではなく、自分が行くほうがいいのだと答える。

 「お前、平成生まれの顔しながら、思いっきり昭和してるなあ」

 予想外の「今どきの若い者」の真剣なまなざしに、こみ上げるものを抑え、笑うしかなかった。

 10キロもある防護服を全身にまとい、真冬でも、長靴を脱ぐと汗が滝のように流れ出るほど過酷な条件下での放水作業。

 暑さと重さで身体が思うように動かない。いざ原子炉を目の前にして、見えない放射線の恐怖と高ぶる気持ちで、涙を流している者もいた。

 空自の消防隊も、本来、スクランブル(緊急発進)する戦闘機を、無事を祈りながら見送る立場だ。心配そうに送り出される側になるとは考えたこともなかった。しかし、誰もが任務を恨むことはなく、口をそろえた。

 「今まで自衛隊で飯を食べてきたのは、この時のため。長い自衛官生活、一度くらいはお役に立ちたいんです!」

 ■さくらばやし・みさ 1970年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。震災後、防衛省に加え、被災地を何度も取材した。著書に「海をひらく−知られざる掃海部隊」「誰も語らなかった防衛産業」(並木書房)、「終わらないラブレター−祖父母たちが語る『もうひとつの戦争体験』」(PHP研究所)など。

 

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