原発所長は涙ポロポロ…自衛隊幹部「最後は我々が必ず」

★桜林美佐「東日本大震災と自衛隊」

2011.05.16

 福島第1原発対処をめぐって、陸上自衛隊隊員の間では、ちょっとしたモメ事が起きた。

 「ダメです班長!」

 通常、消防車は3人で乗り込むが、いざ突っ込むことになったとき、被曝量を最小限にするために2人で突入することになったのだ。

 「オレが行く」という班長に、あとの若い2人が語気を強めて言った。

 「独身者の自分たちが行きます。何かあったら奥さんに合わせる顔がありません!」

 新婚の班長に対し、初めて意見具申した。

 「独身は将来があるんだから行くな」

 そう家族持ちが言えば、「家族持ちこそ、守るべき人がいるんだから行っちゃいけない」と反論する。そんなやり取りが繰り返された。

 そのうちに、「もう希望をとるのはやめてください。『行け』と言ってください」と多くの隊員が言い出した。

 海上自衛隊では「年寄りが行こう。若い連中は未来がある」と、40歳過ぎが集合した。

 実は、1991年の4月、海自の掃海部隊がペルシャ湾に派遣され、これが自衛隊初の海外での活動となったが、その際、危険な機雷の見張り任務を進んで請け負ったのは、当時40代以上のベテランたちだった。「年寄りに任せろ」は、その時のセリフだ。

 あれから20年、当時の「若い連中」が自称「年寄り」になった今、歴史は繰り返されている。

 しかし、海自らしく、洋上での出来事ならともかく、まさか原発に突っ込んでいくことになるとは、想像だにしなかっただろうが…。

 震災3日後に爆発事故が起きたことは、確かにショックだった。しかし、その後、自衛隊幹部は、現場責任者である東京電力の所長を訪ねている。

 「『安全です』と言いながら事故を起こしてしまった」と、所長は深々と頭を下げたが、投げかけられた言葉に耳を疑った。

 「大丈夫です。もう隊長も復帰しました。最後はわれわれが必ず助けます」

 責められ、罵倒される覚悟だった所長の目からぽろぽろと涙がこぼれた。

 支え合わなければ、この国難を乗り越えることはできない。街から灯りが消えたが、東電関係者の心の内も暗闇に違いない。そんな中では「人の真心」だけが唯一の灯だ。批判されながらも、命令一下、現場で汗を流してきた自衛官には、それがよく分かっていた。

 自衛隊消防隊などはすでに帰隊している。しかし、今も福島では自衛隊による除染作業など、必死の活動が続いている。

 

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