「即戦力となる退職自衛官の入社を待っています」

★桜林美佐「東日本大震災と自衛隊」

2011.06.09

 ちょっと前までは自衛隊地方連絡部、通称「地連(ちれん)」、5年前から組織改変により「地本(ちほん)」と呼ばれるようになった。正式には自衛隊地方協力本部。

 各都道府県に存在する自衛隊の総合窓口のようなもので、地域の案内所や事務所を統制し、自衛官の募集や退職隊員の再就職、予備自衛官の人事管理などなど、多様な仕事をしている。

 「自衛官になりませんか」という役割だから、自衛隊を知り尽くしている必要があるわけで、そのため従来は、全て自衛隊員(陸海空自衛官と事務官の混在)で担っていたが、昨今は、コスト削減の流れで非常勤のスタッフもいる。

 宮城県にも県庁内に居を構える「宮城地本」がある。

 本部長の吉見隆1等陸佐は、震災発生後から本部長室を作戦室に変え、机の下で寝る日々を10日間続けることになった。

 地震が起きてから、普段は企業や家族との対応をする者たちが、見る見る自衛隊員の顔になっていくのが分かった。

 間もなくして、被災地に入っての調査が必要となった。とはいえ、非常勤の職員を、いわば自衛隊特有の「偵察」に、しかも危険な場所に行かせるわけにはいかず、コスト削減という荒波における小さいようで大きな問題に思いがけず気付くことにもなった。

 「道路は寸断され、橋も落ちていました!」

 戻った隊員が興奮ぎみに報告する。地域の状況の把握、そして退職自衛官の再就職先企業がどうなったかも気になり、いち早く駆けつけたのだ。

 水没した道を、途中で車を降り徒歩で向かい、なんとかして担当者と連絡をとった。多かれ少なかれ被害を受けた企業ばかりだったが、返ってきたのは意外な反応だった。

 「こんな時だからこそ、即戦力となる退職自衛官の入社を待っています」

 しびれる言葉だった。自衛隊は、地域の人々と支えあって存在している、そのことが身に染みた。

 だからこそ彼らは、地元住民のことをまず先に考える。

 「住民を避難させてきます!」

 陸曹からの電話が所属の募集案内所に入ったのは、地震発生直後のことだった。たまたま自宅の近くにいたため、家族を避難させた後、住民の避難誘導をすると言う。問い合わせなどで電話がふさがっている中、心配していた隊員からの連絡に皆は安堵した。

 しかし、街を大津波が襲ったのは、その直後だった。 =つづく

 ■さくらばやし・みさ 1970年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。震災後、防衛省に加え、被災地を何度も取材した。著書に「海をひらく−知られざる掃海部隊」「誰も語らなかった防衛産業」(並木書房)、「終わらないラブレター−祖父母たちが語る『もうひとつの戦争体験』」(PHP研究所)など。

 

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