潜水艦事業から撤退…ある装備品会社の事情

2011.08.16

 「山菜が採れるんですよ」

 福島県のA社は山の中にあった。恐らく、ここが船舶用機器の工場だと想像する人は誰一人いないだろうが、海上自衛隊の艦艇や潜水艦向けの装備品も製造している防衛産業でもある。

 燃料の液量計測システムでは、国内だけでなくヨーロッパにもシェアを持ち、民需が比較的安定していることから利益が少ない防衛部門もこれまでなんとか続けてきていた。

 しかし、同社が請け負っていた潜水艦の調理機器についてはそういうわけにはいかなくなった。

 調理機器といっても、どこにでも売っているような代物ではない。どんな厳しい環境にも耐える炊飯器やオーブンなどを作らねばならず、そのためには特殊な試験設備がいくつも必要なのだ。

 「この製造年月日をよく見てください」

 すさまじい衝撃や圧力に耐えるための試験設備は、昭和41年製造。かなり年季が入っている。

 「更新するためには、数千万から億単位のお金がかかるんです」

 潜水艦はこれまで年に1隻が退役し、1隻建造するペースだった。高度な技術を要するだけに、職人の継承のためにも連続性が必要であったが、2009年度に予算が付かず製造が1年空いてしまったのだ。

 年に1隻の受注のために莫大な設備投資をするほど余裕がないと悩んでいたのに、1年の空白までできた。「撤退」の可能性が濃厚になっていた。

 そんな折に地震は起きた。

 「あそこは崩れてしまい、こっちも…」

 復旧には数千万がかかるという。潜水艦装備の製造継続は絶望的となった。

 「いい会社が引き受けてくれれば…」

 今、「せめて」ということで、関係者と一緒に引き継ぎ先を探すことまでしているという。

 フト見ると、事務所の中になぜか自転車が置いてある。

 「震災直後にどうしても部品を納入する必要があって、取りに来てもらったんです。その時に慰問品まで入っていて…」

 潜水艦のプライム企業である三菱重工が水や食糧を送ってくれた。その中には自転車まであった。感激して大事に飾っているのだという。

 日本の潜水艦のため、自衛隊やプライム企業と歩んできた歴史がそこにあった。

 1隻につき1000社以上の企業が関係しているといわれる潜水艦の建造。志あって継続してきたものの、こうして、やむなく退くケースは後を絶たない。(ジャーナリスト・桜林美佐)

 

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