脱原発「言うはやすし、行うは難し」

2011.08.26

 鳩山由紀夫前首相は国連演説で日本の温暖化ガスを1990年レベルから25%削減すると宣言、世界をあっと言わせたことがあるが、そのさい温暖化ガスのでない原発の新設を計算に入れていたことはよく知られている。

 ところが、菅直人首相が福島第1原発事故後の国民の原発アレルギーにいち早く反応して「脱原発」を宣言したさいには、温暖化ガス削減の鳩山路線を踏襲すると約束したことから再び世界をあっと言わせた。

 マイケル・オースリンAEI日本研究部長は矛盾する菅路線について、「日本の脱原発は国際的に例のない急進性があり、おそらく日本経済を破壊しつくすことになるだろう」(7月29日付ウォールストリート・ジャーナル紙)と書いている。

 同じように脱原発を宣言したドイツやイタリアの場合、隣のフランスから電気を大量に購入できるのに日本にはそうした代替エネルギーが当面、見あたりそうにないからだ。

 菅首相は当初、代替電力源としてバイオマスエネルギーを強調した。確かにバイオマスは10年前なら大いにもてはやされたが、代替用エタノールやディーゼル油は大量の農産物を必要とし、食料価格の高騰につながるなど主なエネルギー源にはなれないというのがいまの常識だ。そもそも、世界の食糧総生産のカロリー量は人類がいま使用している総エネルギー量のわずか3%にすぎない。

 では、最近になって急速に注目を浴びる太陽光や風力発電ならどうか。

 人類社会はエネルギー消費によって成り立っている。大量で安定したエネルギー供給がなければ現代文明は1日としてもたない。例えば衣服、食品、上下水道など現代社会の基礎物資の大半は大量のエネルギー投入でできあがっている。

 エネルギーの大量使用がどれほどの意味があったかは地球人口が産業革命後、8倍以上にふくれあがったことでも明らかだが、問題は産業革命をスタートさせた石炭、さらにその後に登場した石油、天然ガスなど化石燃料がことごとく温暖化ガスを発生させ、地球環境を悪化させたことだ。

 実は再生可能エネルギーや原発が注目されたのはそうした背景からだ。

 特に再生可能エネルギーの場合、放射能汚染などのリスクもなく、資源枯渇を心配する必要もないため大いに期待されたわけだが、太陽光も風力も結局は“風まかせ”。さらに致命的な欠点となったのは、化石燃料が持つ圧倒的パワーを代替することができず、せいぜい補完的役割しか果たせないことだった。

 つまり環境汚染とエネルギー消費は表裏一体の関係にある。大量で安定した供給が可能なクリーンエネルギーが新たに発見されない限り、いまのところリスクコントロールができた原発を稼働させ、得意の省エネなどで何とか汚染を和らげるしかないのである。

 今の状況下、脱原発を進めながら温暖化ガスの大幅削減も約束するというのは空想的としか言いようがないのではないか。

 ■前田徹(まえだ・とおる) 1949年生まれ、61歳。元産経新聞外信部長。1986年から88年まで英国留学。中東支局長(89〜91年)を皮切りに、ベルリン支局長(91〜96年)、ワシントン支局長(98〜2002年)、上海支局長(06〜09)を歴任。

 

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