工場崩壊…頭が真っ白になった

2011.09.08

 「やけに長い揺れだ」

 宮城県気仙沼市にあるA社では20人ほどの従業員が手を止めた。銃砲弾メーカー日本工機の下請けとして、ロケットモーターの一部を請け負っている。

 地震が収まるのを待っていたが、さらにグラッという衝撃に襲われた。

 「大きくなったぞ!」

 機械は非常停止。前庭に走って出ようとするものの、立っていることすらできない。女性たちは抱き合ってしゃがみ込み、男性もよつんばいになって地面に手をついた。

 「大丈夫か!」

 互いの無事を確認し、やっとのことで立ち上がり、呆然としていると、気仙沼市の防災無線がサイレンを鳴らし津波警報を発令している。

 「推定6メートルか…」

 工場長は、チリ津波の時に防災無線で「3メートル」と発表していたことを思い出した。しかし、この時、実際には1メートルの津波だった。その経験から、今回の場合はせいぜい3メートルくらいではないか、そう考えた。とはいえ、従業員を危険にさらすわけにはいかない。

 「一応、避難しよう」

 近くの高台に向かうよう指示を出すと、女性が「自宅に孫が来ているので帰りたいんです」と言う。すると、もう1人も「うちには年寄りがいて」と帰宅を望んだため、この2人だけは車で戻ることを許可した。

 「すぐに避難してくださいよ」

 念を押して、工場長と部長は工場に戻った。電源を落とし、ストーブも消さねばならない。

 中は物が崩れたり、めちゃくちゃになっていた。倉庫も部品がひっくり返っているような状態。転倒防止器具を付けていたが、機器が折り重なるようになっていた。

 一体、どうしたらいいのか…頭が真っ白になったが、「とにかく、いったん避難してから考えよう」と、シャッターを閉めて戸締りをし、工場を後にした。

 まさか、自分の会社がなくなるなどとは思っていなかった。

 避難した神社は地平線も見渡せる所にあった。工場もよく見える。

 工場長たちが着いて5分ほどしたころだったろうか、白い波がゆっくりと寄せてくるのが見えた。「あれが津波だ」

 そんなに高くなるとは思わなかった。しかし、その勢いはどんどん増していった。

 「あっ」

 誰かが驚きの声を上げた瞬間、内湾の高さが見る見る上がったかと思うと、まるで風呂があふれるように、波は一挙に防波堤を超えた。

 ■桜林美佐(さくらばやし・みさ) 1970年、東京生まれ。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。著書に「誰も語らなかった防衛産業」(並木書房)など。

 

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