震災後、防衛商社マンの電話鳴りやまず

2011.09.13

 「防衛商社」という4文字はニュースやドラマの影響か、どこかスキャンダラスな響きだ。

 しかし、防衛商社マンには『不毛地帯』にも出てこない、意外な一面がある。

 「これは足りなくなるぞ…」

 ある商社に勤めるA氏は震災発生直後、自衛隊が被災者に糧食を提供している姿をテレビで見て直感した。

 防衛省・自衛隊相手に商社が扱っているのは、戦闘機やエンジンなどだけではない。被服や糧食などのメーカーとの橋渡し役も担う。

 「ご飯、胴付き長靴、下着、梅干し、踏み抜き防止の中敷…。あらゆる物の在庫を探して回りました」

 最も苦労したのは、自衛隊のための調達に対し理解を得ることだった。

 「被災者に対する支援だけでなく、活動する自衛官にも食事や着替えが必要だということは見失われがちです」

 自衛隊は首相により10万人体制が指示され、活動にあたったが、この規模で動くとなると、食事だけでも単純に言えば1日3食で30万食を用意しなければならない。

 自衛隊の備蓄は、あっという間になくなってしまうことが容易に予想された。しかし、民間の在庫も他からの引き合いや農水省の統制により入手困難だった。

 「作業中に食べられるものは何か考え、焼き芋の調達までしました」

 流通を当たって在庫が多かったのはレトルトカレーで、毎食カレーを食べることになった部隊も少なくなかったという。

 また、海自から震災の翌朝に大量のご遺体の収納袋を必要としている旨、連絡を受けた。期限は「夕方の出港までに!」。

 「心当たりに電話をかけまくり、すぐに在庫を出してくれ! と頼み込みました」。見積もりだ、契約だといったプロセスは全て省略。埼玉県春日部市の業者から横須賀まで運び、なんとか日没に岸壁で引き渡すことができた。艦を見送ったときは全身の力が抜けた。

 その一方で、これだけの数が必要なのかと思うと、胸が締め付けられた。

 その数日後、A氏のもとに親類が被災し亡くなったという訃報が届いた。「無理するな」と会社の先輩は心配したが、身内を失った分、1人でも多くの被災者を救ってほしいという思いが高まった。

 「自衛隊と長年一緒にやってきた。今、力になれなかったら意味がない」

 無理難題も頼られている証だと思った。A氏の電話は昼夜問わず鳴り止まなかった。(ジャーナリスト・桜林美佐)

 

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