インドの美しい愛の霊廟「タージ・マハル」

2012.04.27


白亜の霊廟タージ・マハル【拡大】

 仏陀生誕の地インドでは、全ての死者は49日目に生まれ変わるという輪廻(りんね)の思想から、廟(びょう)墓を建てるという風習はありませんでした。しかし、インドにイスラムが侵入し、デリー・スルタン朝からムガール朝の時代になると、北インドを中心に洗練された廟が造営されるようになりました。

 そのイスラムの帝国、ムガール朝第5代皇帝シャー・ジャハン(在位1628〜1658)が造営した愛の霊廟(れいびょう)が、今回ご紹介するインドの文化遺産「タージ・マハル」です。

 インドは気象条件が厳しく、衛生環境も良いとはいえないので、旅行中に体調を崩し、もう2度と行きたくないと感じた人も多いことでしょう。しかし、このタージ・マハル廟を見た瞬間は、暑さや疲れを忘れてその美しさに感動を覚えるはずです。

 この壮麗な建造物は、帝国の繁栄に意欲を燃やし、自らを「世界の王(シャー・ジャハン)」と名乗った皇帝が、愛妃ムムタズ・マハルをしのび、彼女の記憶を永遠に留めるために建てた愛の霊廟です。

 ムムタズ・マハルとは「宮廷の選ばれし者」という意味で、夫シャー・ジャハンの先帝ジャハンギールにより授けられた名前です。シャー・ジャハンは終生、彼女1人を愛し、14人の子供を産ませましたが、彼女が14人目の産褥(さんじょく)熱で世を去ると、タージ(ムムタズの愛称)の思い出にアグラのヤムナ河岸に白大理石の廟(マハル)を建てたのです。

 また、彼はそのヤムナ河の対岸に、自身のために黒大理石で同相形の廟を建てる予定でいましたが、世継ぎである息子のアウランガゼーブ帝(1658〜1707)により志半ばで廃位させられたため、計画は基壇のみで中断してしまいました。晩年の彼はアグラ城に幽閉され、対岸に立つ愛妃ムムタズの廟(タージ・マハル)を眺めながら暮らしたと伝えられています。

 このタージ・マハル廟は、前庭から4本のミナレット、ドーム傍らの4つのチャトリにいたるまで完全なるシンメトリーの美を構成しています。

 しかし、唯一の例外は、自分の黒大理石の廟が未完に終わったため、廟内中央にある愛妃の棺の隣にそっと置かれたシャー・ジャハン自身の棺です。この慈悲深く愛らしい彼の棺こそが本当の文化遺産かと思います。

 ■黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ) 慶應義塾大学経済学部卒。現在、クラブツーリズム(株)テーマ旅行部顧問として旅の文化カレッジ「世界遺産講座」を担当し、旅について熱く語る。

 

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