“江ノ電”廃線危機救った「俺たちの朝」

2012.08.28


昭和30年代の江ノ島駅構内の車輌(江ノ島電鉄提供)【拡大】

 江ノ電が今年9月1日、開業110周年を迎える。藤沢駅から鎌倉駅まで、10キロ15駅を34分で結ぶ。江の島や鎌倉といった観光地を走り、1日平均4万人以上の利用客がある。

 湘南の海岸線や民家の軒先すれすれに走る電車として、いまやすっかり人気の路線だが、1960年代からモータリゼーションの影響から利用者が激減、廃線寸前という状況だった。

 その危機を救ったのが、76(昭和51)年に日本テレビ系で放送された、江ノ電極楽寺駅を舞台とした「俺たちの朝」と翌年のNHK「新日本風土記」の「湘南・電車通り」という紀行番組だった。

 これがキッカケでさまざまな番組や記事などで取り上げられるようになり、ファンが増えていった。その後、98(平成10)年には、「電車の運転手になりたい」という拡張型心筋症患者の少年の夢をかなえるために、特注の制服を着用させて運転体験を実現させるという計らいをした。残念ながら彼はその4日後、16歳で亡くなってしまうが、江ノ電の心憎い配慮はテレビドラマにもなった。

 江ノ電は、広告やイベントにも熱心なことで知られる。かつては「ビール電車」や「ワイン電車」を走らせるなど楽しいイベントを連発。東京都の車体広告解禁より20年も前の82(昭和57)年に全面広告電車を走らせ、2005(平成17)年にはNHK大河ドラマ「義経」を車体にラッピングした。

 また、江ノ電沿線にはなぜか明治製菓の広告が多くみられる。電車の車体に「カールおじさん」が描かれていたり、09(平成21)年には車体をチョコレート色に塗装した「チョコレート電車」も走り始めた。その理由として、かつて同社の重役が沿線に住んでおり、朝晩この路線を利用したからという話が流れていた。

 ■『企画のヒント』

 企業存亡の崖っぷちに立たされた江ノ電は、偶然といっていいほどのテレビドラマや紀行番組で救われた。最近でも銚子電鉄が「ぬれ煎餅」で一躍マスコミの話題になり、それが元で支援活動が活発になっている。再三このコラムで企業活動にとってマスコミの重要性を力説しているが、江ノ電の歴史をふり返って改めてそのことを痛感する。(広告・イベント研究家 熊野卓司)

 

注目情報(PR)