国民レベルでテロ対処の議論を 人質事件

2013.01.25


人質事件の現場付近で損壊したバスを映したテレビ映像。優先すべきは人質の人命か、対テロか(AP)【拡大】

 アルジェリアで日本人らが人質になった。痛ましい事件である。ただ、こうしたテロは今後も起きるであろう。

 本日は、テロへの対処をいかに考えていくべきかについて視界良好としたい。その読み解き鍵は「テロの対処方法を国の危機管理として議論する必要性」である。

 私は、2008年に日本で開催された洞爺湖サミットの際、検察庁における1人の責任者(東京地検公安部長)として、新幹線や原発などへの自爆テロを想定したことがある。その観点からいえば、諸外国ではテロに対する意識が比較的強いのに対し、最近の日本ではオウム地下鉄サリン事件以外、特に目を引くテロがなく、日本人のテロに対する意識は弱い。

 それは、例えば、原発の安全性に関しては、地震や津波以外にも、テロを想定する必要性があるにもかかわらず、その議論があまりなされていないことにも表れている。

 今回のアルジェリア政府における早々の武力行使に見られるように、世界的にはテロリスト封じ込めのため人質などの人命が犠牲になることもやむを得ないとの考え方がある。少なくとも、言葉では人命重視と言ったとしても、人質救出のためテロリストの要求に従うことはテロを続発させかねないと見る向きがある。

 むしろ現に人質になっている人の命を犠牲にしても、テロリストの命を奪うことがテロの封じ込めにつながってテロが減少し、長いスパンでは国民の多くの命を守ることにつながるとみるのである。

 日本はどうであろうか。テロが発生した場合、日本人は人命最優先が当然と直感的に思う。私もそう思う。しかしそう思っているだけでは片付かない場合も予測される。

 その意味で、今回の事件が終結した折には、国の危機管理の一環として、テロにいかに対処するかを国民レベルで議論して国としての方向性をあらかじめ決定しておく必要性があると思う。

 すなわち、(1)テロリストの要求を受け入れることになったとしてもあくまで人命最優先でいくのか(2)それともテロ封じ込めのためには人命を犠牲にすることもやむを得ないと考えるのか(3)やむを得ないとして、人質の命を犠牲にしたテロリストへの攻撃は、いかなる極限的な状況・条件のもとで許容されるのか。これらの議論をする必要性があると思う。

 ■若狭勝(わかさ・まさる) 元東京地検特捜部副部長、弁護士。1956年12月6日、東京都出身。80年、中大法学部卒。83年、東京地検に任官後、特捜部検事、横浜地検刑事部長、東京地検公安部長などを歴任。2009年4月、弁護士登録。座右の銘は「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」。

 

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